2005年10月30日

靖国問題・・・A級戦犯の両義性

【A級戦犯には両義性がある】

靖国問題ではいろいろな立場の人がいろいろな観点から意見を述べていますが、議論が紛糾する理由のひとつに、A級戦犯の両義性・・・があることを、私は指摘しておきたいと思います。

A級戦犯・・・。極東裁判で有罪とされた人々ですね。もちろん、ほかにB級、C級・・・もあるわけですが、靖国問題において話題になることは少ないようです。

その両義性を、この場では仮にA論、B論と名づけて整理してみたいと思います。


<A論>
先の大戦における日本の戦争責任はA級戦犯にある・・・というもの。これが日本の建前でしょう・・・国内でも、国外向けにも。これは、日本でよりも近隣諸国の方がむしろ明快に述べています。
「日本の戦争責任はA級戦犯にあると理解する。だから我々は個々の日本人に責任を問うことはしない」ゆえに「A級戦犯を祀る靖国神社への日本国首相参拝は許容できない」という、実に首尾一貫した論理です。

<B論>
もうひとつのA級戦犯・・・。それは、A論から逆説的に導き出されます。つまり、A級戦犯とは、本来は日本国民全体にあった戦争責任を、象徴的・形式的な形で代わりに背負った人々である・・・という論理です。またここにはもうひとつ、彼らが責を負って処刑されたことにより、戦勝国による戦争責任の遡及から昭和天皇及び天皇制を守った・・・という側面も、同じロジックを持つものとして加えることができるでしょう。
つまり、A級戦犯とは、国内的な意味においては日本国民や天皇のために犠牲になった人々である、というわけです。


【祭祀伝統に逆らうA論 と 論理破綻のB論】

A論とB論・・・。A級戦犯の持つ両義性・・・を、日本人はまだ十分に消化できていないようです。

「国内的な意味からすれば犠牲者である」というB論は、A級戦犯を祀る靖国神社へ首相が参拝することで、結果的に60年前の戦争責任を国内外から再度問われる事態を呼び起こしてしまい、戦争責任をすべて背負った、という前提そのものを崩す結果となっています。
犠牲者であるなら首相の参拝が許されて当然のはずなのに、参拝することでA級戦犯の犠牲部分に疑問が生じる・・・という矛盾。B論からの参拝賛成論は論理破綻を来たしているように見えます。

一方の、あくまで戦争犯罪人として扱うべきである・・・というA論ですが、これには、日本の祭祀伝統から外れている、という批判が繰り返されています。つまり、日本人の素朴な宗教感情に合わない、ということでしょう。


祭祀伝統・・・に関しては、よく、日本は過去の過ちを水に流す国民性だ、という説明がされていますが、私の理解では、B論の背景にあるのは単なる「水に流す国民性」を超えた、より強固な伝統のようです。
日本には聖徳太子の時代から、歴史上の敗者や罪びとこそ手厚く祀りあげる・・・という伝統があります。梅原猛氏言うところの、いわゆる怨霊史観・・・です。聖徳太子一族は法隆寺に祀られ、菅原道真や平将門・・・も、その不遇な死後、手厚く葬られています。そのように祀りあげる主体は、いずれも時の権力者であるのが特徴です。自らが滅ぼしたかつての敵を祀ることによって、怨霊化を防ぎ、さらにはもっと積極的に、守護者となってくれることまでを期待するのです。
昨今の靖国問題を巡る論争を見ていると、私にはどうも、B論を主張する(主に参拝賛成派の)人々の意識の底に、この怨霊史観的な発想が潜んでいるような気がしますね。

そうなると、A級戦犯こそ、現代日本を祟らないよう、むしろ手厚く葬るべし、となるはずです。怨霊史観・・・という言葉でなくとも、「A級戦犯は犠牲者だ」という言説そのものの中に、A級戦犯の慰霊や鎮魂を欲する気持ち、A級戦犯への申し訳なさ(贖罪意識)・・・が込められているように思います。


A論とB論・・・。
私には、一方が他方をねじ伏せるべきだ、とは思えません。また、そうしようとしても、必ずどこかで破綻を来たすでしょう。
日本人がなんとか知恵を出しあって、両論ともが成り立つような靖国神社や戦没者慰霊の在り方を考えるべきだと思います。


【具体的な解決法はあるのか】

靖国問題打開のため、靖国神社以外の追悼・平和祈念施設の建設を望む声もあります。
これは、小泉氏をはじめとする歴代首相が靖国参拝の目的を「戦没者の追悼」「平和祈念」と内外に向け説明していることを受けたものでしょう。近隣諸国も、A級戦犯の合祀がされていない新施設の建設、及びそれへの参拝を望んでいるようです。

ただし、ひとつ気になるのは、現在官邸が進めている新施設は「慰霊を目的としない」追悼施設であることです(末尾資料参照)。
慰霊や鎮魂を目的としない新施設での祈念・・・は、A論からすればまったく正当なものですが、逆にB論からすればまったく無意味です。
靖国問題・・・反対派が学ぶべきこと】の資料部分で示した通り、現在新施設建設に賛成している国民は先の世論調査によれば六割以上(2/3弱)ですが、この新施設の、追悼はするが慰霊はしない、という内容を正確に理解したうえで賛成しているのかどうか・・・が、不安の残るところですね。

新施設が建設された段階の世論が「首相は新施設へ行くべきであって靖国神社へは当然のことに参拝すべきでない」となっていれば問題ないですが、もし「戦没者(やA級戦犯)の慰霊」にこだわるB論者が一定割合以上で国内に存在していた場合、将来のいつか、B論に深く傾倒した首相が誕生して新施設があるにもかかわらず靖国神社参拝を行う・・・という事態を招くかもしれません。

靖国問題にはいろいろな角度からの切り口がありますが、「A級戦犯も含めた戦没者の慰霊を行うべきだ」と考えるB論者をどう満足させるか・・・。そこがまったく論じられていないのが不安です。


なお、私自身の私見を述べるなら、A級戦犯を含めた戦没者すべての「慰霊」や「鎮魂」は、首相でなくむしろ天皇が行うのが筋だと考えています。
天皇は過去に亡くなった人々の慰霊のため靖国へ、首相は将来の平和祈念のため新施設へ・・・。これが一番スッキリしていると思います。


         ◇         ◇         ◇


資料【追悼・平和祈念のための記念碑等 施設の在り方を考える懇談会】首相官邸報告書
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tuitou/kettei/021224houkoku.html

第3 追悼・平和祈念施設の基本的性格

 4「
 この施設における追悼は、それ自体非常に重いものであるが、平和祈念と不可分一体のものであり、それのみが独立した目的ではない上、「死没者を悼み、死没者に思いを巡らせる」という性格のものであって、宗教施設のように対象者を「祀る」、「慰霊する」又は「鎮魂する」という性格のものではない。したがって、前述のような死没者一般がその対象になり得るというにとどまり、それ以上に具体的な個々の人間が追悼の対象に含まれているか否かを問う性格のものではない。祈る人が、例えば亡くなった親族や友人を悼むことを通じて戦争の惨禍に思いを馳せ、不戦の誓いを新たにし、平和を祈る場としての施設を考えているのである。



第4 追悼・平和祈念施設と既存施設との関係

 1「
 靖国神社の社憲前文によれば、靖国神社は、「國事に殉ぜられたる人人を奉斎し、永くその祭祀を斎行して、その「みたま」を奉慰し、その御名を万代に顕彰するため」「創立せられた神社」とされている。これに対し、新たな国立の施設は、前述のような死没者全体を範疇とし、この追悼と戦争の惨禍への思いを基礎として日本や世界の平和を祈るものであり、個々の死没者を奉慰(慰霊)・顕彰するための施設ではなく、両者の趣旨、目的は全く異なる。
 また、靖国神社は宗教法人の宗教施設であるのに対し、新たな施設は国立の無宗教の施設である。この性格の違いは、異なった社会的意義を保障するものである。

posted by 水無月 at 00:42| Comment(17) | TrackBack(0) |   ◇靖国問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月29日

改憲論・・・もやもや

憲法改正問題・・・。
自民党が案を出したわけですが、大きな論点は↓くらい?

@九条関係・・・自衛軍保持明記。
  集団的自衛権は解釈で運用
A宗教関係・・・政教分離から宗教儀礼を除き
  首相の靖国参拝を合法化
B改憲発議・・・国会議員2/3の賛成から過半数へ

私は、九条に関しては、議論を避けることはできない
と思っています。いずれは解決すべき問題。
現状の 自衛隊=違憲 状態の異常の方が、日本国民の
精神衛生上よくないような・・・。
本音と建前は別ですよ・・・を、国レベルでやってる
ようなものですから・・・。陰湿なイメージ。

九条を巡る議論・・・は結局のところ、日本はどこまで
日米同盟を重視していくつもりなのか・・・ということ
でしょうね・・・。
米国にお付き合いするなら、改憲後の日本の軍人が
他国民を殺さずにすむということはありえない・・・です。
今の英国並になる・・・と見た方が良いでしょう。
嫌だ! と叫んでいるだけでは状況を変えることは
できません。
英国になる以外の展望、未来像を野党が示せなければ
国民はついていきようがない・・・ですから。

靖国・・・。
政教分離原則の根拠をなくそうということですが
靖国以外の追悼施設建設・・・案は?(苦笑

天皇のお世継ぎ問題もありますし、本当に激動の時代
・・・となってきました。

靖国問題の本質は、外国からの抗議をおけば
日本に国教を認めるかどうか・・・の問題でしょう。
象徴天皇制と国教・・・の関係。その距離感。


日本には健全なリベラル左派思想が育っていない・・・。
私は最近、そう思うようになりました。
実に不幸なことであり、最終的なその責はほかでもない
国民全体にあるのだと思います・・・が、では
どうすればよいのか・・・。
ここでいつも詰まってしまう・・・のですよね。

日本が右傾化していると嘆く声をよく聞きますが
私個人としては、九条や天皇制の問題を、普通の人々が
自由&活発に議論している現代の風潮自体は、悪いこと
とは思いません。

自衛隊は(海外派兵する際の条件として)米国でなく
国連指揮下に置くべきだ・・・との 主張をしたのは
小沢氏(現民主)じゃなかったでしたっけ?
(今はどんな主張をしてるのか知りませんが・・・ 汗)
改憲が是か非か・・・の議論より、そういう論点からの
議論に参加した方が、益があるかもしれません・・・。
(2005/10/29 12:24:17)


     ◇     ◇     ◇


左派が現状のまま「国民みんなで考えよう」式の主張しか
できないなら、改憲はされるでしょうね・・・遅かれ早かれ。

ん〜・・・(モヤモヤ

改憲自体はともかく、改憲論議は避けられないでしょうし
避けるべきでもないと思います・・・。特に九条。
憲法改正に反対するなら、日米同盟破棄も主張すべきです。
・・・それでなきゃ筋が通らない・・・ですから。
日米同盟を破棄してどのようにやっていくのか・・・を
論じない「改憲反対」は無責任なように思えます。
なので「改憲反対」と叫ぶ気になれない・・・。
その無責任さが自分で見えるゆえに。
口先だけの無責任さ・・・が、左派の負ける元凶だから。

実際問題・・・九条は対米軍事協力の足かせになってきた。
米国にとっての日米同盟の意義・・・は、冷戦中は
対ソ・対中の抑止力・・・(だから海外派兵は考えなくてよかった)
冷戦終結後・・・湾岸戦争で、まず米国が変わった・・・。
日本は米国に引きずられる形で変化させられている
・・・のが現状。日本に米国を引き止める力がない以上
日本に日本自身の変化を止める力もない・・・の?
これを自虐と呼ばずなにが「自虐史観」か!
日本の自虐史観を嫌う人はなぜ現代の自虐にかくも鈍感か・・・。

九条が対米軍事協力の足かせになってきた・・・ことを
評価する人は多いでしょう。
私もそこは評価したい・・・です。
しかし仮にも憲法・・・を、単に米国への口実、防波堤・・・の
役に貶めてよしとする・・・ことには、うずきに似た痛みを
覚えます。
そろそろ半世紀・・・もの間、平和憲法は防波堤で
あり続けました・・・。そしてもうボロボロなのです。

憲法に足かせの役を頼むのではなく、そろそろ日本国民が
矢面に立つべき時ではないでしょうか。
九条論議大いに結構。
子供の世代に先送りせず、そろそろ決着をつけるべきだと
思います・・・。
(2005年10月29日19:42)


posted by 水無月 at 20:00| Comment(5) | TrackBack(1) | 国内(憲法・改憲) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月26日

人権擁護法案について(態度編)

人権擁護法案に関しては【資料編】【感想編】と書いてきたわけですから、そろそろ【意見編】をまとめなきゃいけないでしょう。
私はもともと、この法案には反対の立場でした。だから反対するために(説得的な反対論を展開する目的で)、調べはじめたのですが、実際は、知れば知るほど、なにがそんなにまずいの? というのが正直なところ・・・です(汗

私が拙い自分の文章で書くよりも、ずっと詳細に、綿密に、冷静に、この件を追っているブロガーのみなさんが大勢いらっしゃるので、以下にその一部をリンクしておきます。

【世界の中心で左右をヲチするノケモノ】plummetさん
人権擁護法案:まとめエントリー

【Bewaad Institute @Kasumigaseki】bewaadさん
人権擁護法反対論批判 faq編

【音極道茶室】J2さん
人権擁護法案ファイナルアンサー

【カレーとご飯の神隠し】カリーさん
反対派は『無能な味方』だけになってしまったのか


これらを拝見すると、【人権擁護法(案)】に関しては、(私ごときは)もうなにも言うことはない・・・という気になってきます。

確かに、人権擁護法・・・など、なければない方がいいでしょう。しかしこれが言論圧殺に繋がる・・・というのは、誇張のように思えます。
なにしろ、人権委員は五名なのです。全国に何万人警察官がいるかわかりませんが、万引きをする人はいます。わずか五名の人権委員・・・に、なにができるのか・・・と逆に不安になるほどです(もちろん私は、万引き同様、人権侵害に関しても奨励しているわけではありません! 汗)。

無給の人権擁護委員(最大二万人)と人権委員(両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命した五名)とを混同するなど、法案反対派の議論には根本的な穴が多すぎる・・・ということも感じました。

いずれにせよ、私はこの件については、今後よほど大きな動きがあるまでは、発言を控えるつもりです。法案の中身を知ったことで、以前ほど大きな危機感を持たなくなった・・・ということですね(汗
というわけで【意見編】でなく【態度編】になった、という次第です。


追記☆
人権擁護法案に関して、なぜ古賀氏がかくも執拗に成立を目指すのか・・・上記リンクの【Bewaad Institute @Kasumigaseki】さんにひとつの推測がありましたので、引用しておきます。

「あくまでwebmasterの個人的憶測ですが、古賀誠議員が熱心に推進する理由は野中広務前議員への友愛が最大のものではないでしょうか。魚住昭『野中広務/差別と権力』で公知の事実となったように野中前議員はいわゆる部落出身者で、その政治人生は部落問題を抜きにしては語れません。その彼が引退した今、古賀議員にとってこの問題は、野中前議員から託された政治的遺言のような重みがあるのではないかと。 」
(「人権擁護法反対論批判 リジョインダー編(その2)」)

私は野中氏が被差別部落出身者だということさえ知りませんでした(汗
どちらにせよ、この問題の背景は複雑&深遠であり、一概に「平成の治安維持法!」「言論弾圧だ」のような安易な評価はできないのではないか・・・というのが、今の私の考えです。
議論に加わるためには深く勉強しなければならず、その割に得るものは少ない(たとえ人権擁護法が成立したとしても、私のような立場の人間にとって、多くの時間を掛けて学ばねばならないほど害があるとは思えない)・・・という理由もあり、発言を控えたいと思うようになりました。
posted by 水無月 at 03:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 国内(法律) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月24日

靖国問題・・・反対派を瓦解させる反対論

靖国問題は国内問題です、と明言したことで、早速(反対派と思われるかたから)お叱りのコメントをいただきました。

そのように反応したくなる気持ちは、よくわかります。実際に国外から抗議が寄せられている以上、現実としても国内だけの問題、とは言えないでしょう。
また私は、外国は日本の靖国問題に抗議すべきでない、と言いたいわけでもありません。日本国内でなにが起ころうと、日本人がどう思おうと、外国はそれぞれの国の事情・論理で動くものです。それを良い・悪いなどと国内で論ずること自体が無意味ですから(可能なのは、有利・不利という価値判断だけでしょう)。

一方で、外国からの抗議を受けた結果、どのように行動するかは、その国の国内問題なのだ、というのも冷徹な事実です。アメリカが度重なる反核団体からの抗議を受けながらも、自国の論理で核戦略を進めるのと同じことです。
アメリカを変えることができるのはアメリカ国民だけであり、日本を変えることができるのも日本国民だけなのです。


先の【靖国問題・・・反対派が学ぶべきこと】で私が言いたかったのは、「反対派は靖国問題を国内問題として扱うべきである」ということでした。

一部の靖国参拝反対派は(先にコメントをいただいたかたが、そうだというわけではありませんが)、こう言うかもしれません。
「それでも、外国から実際に抗議が寄せられ、外交に支障を来たしている以上、一国の首相が、それをあえて無視し、混乱を招くのはいかがなものか」と。

私はこの、一見平和愛好的な反対意見こそ、国内を混乱させる元凶なのだと思うようになりました。
上の反対派の意見は、実はこう言い換えられるのです。
外国から抗議が寄せられないならば参拝してもよい

書いていて虚しくなりますが、そのように外国頼みに、非・主体的にしかものを考えられない人の意見に、耳を傾けようと思う有権者は稀でしょう。
それは、「その件について、中国の了解を取ったのですか? 取ってないでしょ?」と発言したといわれる岡田氏率いる民主党が、先の衆議院選挙でどのような評価を受けたか・・・を見れば、明らかです。

靖国参拝に本気で反対したいと考えるなら、外国からの抗議に頼らない反対の根拠を出すべきです。そしてその反対論拠を国内に問うべきなのです。
外国からの抗議は追い風程度(実際は逆風として働いていますが)に捉えておくのが正しい態度です。決して、それに頼ってはいけません。

思うに、外国が抗議しているから反対! と言う人は、説得されて反対派に回っただけの人なのではないでしょうか(この説得には、外国からの抗議も含みます)。けれどそうした人々は、参拝賛成派が現在続々と提出してきている「外国からの抗議は国益を損なっていない」証拠や主張に触れたとたん、参拝賛成派にまわる可能性を秘めています。
現在起きているのはそうした事態だと思います。
参拝反対の意見の人のうち、「中国や韓国などとの友好関係に影響する」ことを理由に挙げる割合が7割を超えている・・・先の世論調査は、反対派の崩壊が間近に迫っていることを示す警鐘です。
反対派の皆さんが、なぜここに危機感を見出さないのか・・・不思議です。


もうひとつついでに・・・。
参拝反対派のBLOGを見て思ったことですが、「小泉氏は 首相 議員になる前は参拝していない。大した信念もない癖に、パフォーマンスとして参拝しているだけ」のような意見もあるようです。
これも、反対のふりをした、実は反対派瓦解論のひとつです。
靖国参拝問題を首相個人の性格や資質に結び付けるのは自殺行為です。それなら、議員になる前から参拝を続けていたような人物が首相として参拝した場合には、「信念がある」から「賛成」に回るということですか?

首相が小泉氏であろうと誰であろうと反対する、そういうスタンスを保持して欲しいですね。

反小泉陣営の人々や親中・親韓派の人々が靖国問題を「利用」し、結果として参拝反対派を衰退させている・・・それが現状なのかもしれません。

posted by 水無月 at 12:44| Comment(14) | TrackBack(6) |   ◇靖国問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月21日

靖国問題・・・反対派が学ぶべきこと

共同通信社世論調査によれば、小泉首相の先の参拝は
大手メディアの論調とは異なり、むしろ参拝前よりも
好意的に捉えられているようです。

 参拝前選挙直後の世論調査(9月)
  「今年は見送るべきだ」・・・53.0%
  「今年も参拝すべきだ」・・・37.7%

 参拝直後の世論調査(10月17、18日)
  「参拝すべきではなかった」・・・45・8%
  「参拝してよかった」・・・48・1%


この結果をどう捉えるのか・・・私は靖国参拝反対派へ
とりわけ、自らが意見主張をすることによって国民に影響を
与えうると自負している人々(野党政治家やメディア)・・・
の方々へ、訊きたいですね。

もし
「自分達がこれだけ靖国参拝の不当性を訴えているにも
 かかわらず、国民には浸透していない」
「国民は小泉流の派手な愛国パフォーマンスに惑わされている」
「中韓の抗議に嫌気が差し、国民は耳に心地よい偏狭な
 ナショナリズムに安易に走っている」
・・・としか思えないのなら、靖国参拝問題はもう終わりです。
靖国だけでなく、改憲をも含め、今後の議論の一切は
先の衆議院総選挙と同じ結末を辿るでしょう・・・。
「彼ら」・・・は、自分達が支持されないことの理由を
すべて相手方の中に見出し、なぜ負けるのかも理解できず
無理に理解しようとすれば、それは「国民が愚かだからだ」と
しか言い得ず、そうして永久に負け犬の遠吠えを繰り返す
ことになるでしょう・・・。
こうした思考回路の指導者、政治家、こうしたメディアしか
持たない支持者こそ、いい迷惑です。
支持者達は自らの信望する主義主張を多くの国民・有権者に
正しく、公正に判断してもらう機会もないまま、負けさせ
られてしまうのですから・・・。

そういう流れを変えたい・・・と思う人だけに、以下の文章は
読んでもらいたいと思います。
靖国参拝反対派だけでなく、賛成派のかたでも、少しでも
興味を抱かれたのなら、是非読んでください。

逆に、国民・有権者が自派を支持しないのは国民が愚かだから
だ・・・としか思えない人には、私はもうなにも期待しません。
どうぞ声が嗄れるまで靖国参拝の不当性や平和憲法の素晴らしさ
を(無知で愚かな国民に)説き続けてください。
そうして硬直し廃墟となった真理と平和のお城で、いつまでも
取り巻き支持者以外の圧倒的多数の国民の愚かさを嘆き続けて
いればよいでしょう・・・。



【 日本国内の正論は日本人が決める 】

私は、先にUPした【靖国問題・・・評価できる小泉氏の
政治感覚
】の中で、こう述べています。


「国内問題に関して、他国が抗議するからやめろ、という
 のは、どう考えてもおかしな話でしょう。」

これに関して、靖国問題は国内問題ではない、と思う人が
いるかもしれません。外交問題じゃないの? と。
では伺いますが、靖国神社へ日本国首相が参拝することを
止められるのは誰ですか?
それができるのは日本国民だけでしょう。
日本国内の世論だけが、日本国首相の行動を変えられる
のです。それは選挙行動によって、です。
日本は民主主義国家なのですから。

ここからも、靖国問題が国内問題であることは明らかです。


@ 靖国問題を外交問題にするとはどういう意味か

外交問題というのは、相手国のあることです。
靖国参拝問題を外交問題だと喧伝する人は、中国・韓国の
主張が、日本国首相の行動を変えることができる、と思って
いるということです。
あるいは、外国が日本国首相の行動を変えてもよい、とか
変えられるべきだ、と思っているということです。
そういう人は、外国の抗議によって日本国首相が行動を
改めない場合、外国からの抗議が足りないのかと考えて
より激しい抗議を期待し、歓迎し、演出しようとします。
メディアレベルでは、日本語の言い回しをほんの少し変更し
いかにも先方が怒っている、ことを国内に宣伝します。
そしてしたり顔で言うのです。
「外国が抗議している。これは由々しき問題だ・・・」と。

彼らは、「日本国首相の行動は日本国民の世論を受けて
のみ影響されるべきだ」と普通の日本人は思っている
という、実に基本的・根本的な原則を無視しています。


A 国内の決断を外国に左右されるということ

現実には、日本国首相・あるいは日本国政府・・・の決断は
時に世論の大勢を無視します。
問題の大きさはやや異なりますが、先のBSE問題でも同じです。
または、イラク派兵やイラク撤退論など・・・もありました。
日本人の世論を無視して、政治が動くことは確かにあります。
それが現実の政治です。
しかし、多くの日本人は一貫して「日本国首相の決断は
外国からの抗議や圧力でなく日本国民の世論によって動く
べきだ(そうであって欲しい)」と強く望んでいることに
変わりはないのです。

うろ覚えですが、一年ほど前の時点の世論調査で、イラクへの
自衛隊派兵に反対する人々は2/3を占めていました。
それでも派兵は延長されました。
そこには、大きくは日米同盟自体にまで関連するような種々の
国益を勘案した、「政治決断」があったのでしょう。
この時、日本政府は日本国民の世論を無視して派兵を強行
したわけですが、日本国民は決して、それを歓迎している
のではありません。
残念だ・・・と思う人がほとんどだと思います。
それが普通の感覚でしょう。

日本国政府や日本国首相には主体的に(自国本位で)
決断して欲しい、そうであるべきだ、と望む気持ちは
愛国心とは関係ありません
選挙によって指導者を選ぶ民主主義国家の国民としては
当然の気持ち
です。

しかし、日本政府が派兵を強行したからといって、国を揺るがす
ような動乱など起きませんでしたし、それどころか与党は
先の総選挙で大勝しています。
それは、有権者が先の選挙でイラクのことを忘れたわけでも
自民党が親米路線であることを忘れたわけでもないのです。
有権者は、自民党の、小泉氏の親米路線を受け入れ、支持した
のだ・・・という、これはもう歴然たる事実です。
(実際には、先の選挙の争点は、一般に「郵政問題」であったと
 言われています。しかし小泉自民党がブッシュ米国と同じ
 小さな政府を前面に出して主張していることから見ても
 有権者が米国寄りの経済政策に支持を与えたのは明らかです。
 対して岡田民主党は経済政策に関しては二転三転して違いを
 明確にできず、最も鮮明に小泉自民党との違いを出したのは
 親中外交路線でしたが、これはまったく評価されませんでした)

親米路線を受け入れているのは、日本は親米でなければ立ち
ゆかないだろう、と国民・有権者が冷静に判断しているから
でしょう。
だから、イラク派兵に反対しながらも、世論を無視してイラク
継続派兵をする小泉自民党に、「NO」を言わないのです。

イラク派兵には「NO」です(2/3が)。しかしイラク派兵を
実際に行う自民党には「NO」までは言わない・・・。
それを、日本国民のイラクへの冷淡さ、忘れっぽさ・・・としか
解釈できない人・・・は、あまりに日本人への理解が浅すぎます。

そうではなく、実態は、日本国民は、現実として日米同盟を
受け入れつつも、米国への批判的精神を失っていない、という
ことなのです。
世論調査と投票結果とのねじれ現象は、日本国民の冷静さ
と良識・・・とを、端的に表している
のです。


B米国からの外圧と中国からの外圧

回り道が長くなりましたが、翻って靖国問題はどうでしょうか?
中国や韓国は、地理的条件以外に日米間ほどの強い結びつきを
持っているでしょうか?
「日本国政府・日本首相は日本国内世論を向いていて欲しい」
と普通に願う有権者をあえて無視してまで親中・親韓路線を
政府が取る必要があるでしょうか・・・?
あるいは逆に、親中・親韓路線を取って欲しいと願う有権者の
数(世論)は、首相の首を変えるほどのパワーでしょうか。

現実を見れば、そうでないことがわかります。

日本にとって米国と中国はまったく異なる国です。
普通の日本人は中国を、ほかのヨーロッパ諸国やアラビア諸国
アフリカ諸国、そして中韓北以外のアジア諸国と同じように
・・・もしくはそれよりはもう少し強く、仲良くしたいと
思っているでしょう。
しかし米国に認めるほどの重要性は認めていないのが現状です。

米国が日本に外圧をかければ日本が屈するのと同じように
中国が日本に外圧をかければ日本は屈する・・・と
考えている人が日本人の中にいるとは思いたくないですが
もしいるのなら、「彼ら」は現状認識を誤っています。

靖国問題に関し、中国や韓国や北朝鮮が感情的に傷つけられ
そのことで日本政府に抗議する・・・。そこまではわかります。
中国・韓国にもそれぞれ固有の事情があるでしょうし、それぞれの
政府が自国民の世論を重視するのは当たり前なことです。
しかし、いくら抗議されても、その抗議によってこの問題
の決着をつけてよい、と考えている日本人はいません


靖国問題をひとりひとりが考える際に、中韓が抗議している
ことを「考慮する」日本人は多いでしょう。
しかし、それを考慮した結果としての日本人ひとりひとり
の最終判断によってのみ、靖国参拝問題は動く
のです。



【 現在の日本人は靖国問題をどう捉えているか 】


@ 緊急世論調査結果

下の資料から世論調査を整理して引きます。

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝について
  「参拝してよかった」・・・48・1%
  「参拝すべきではなかった」・・・45・8%

 戦没者を追悼するための新たな施設建設に
  「賛成」・・・63・7%
  「反対」・・・26・4%

 次期首相に望む対応は
  「参拝すべきではない」・・・45・9%
  「参拝すべきだ」・・・37・5%

 参拝を支持する理由は
  「他国によって影響されるべきではない」・・・53・1%
  「戦死者らを慰霊するのは当然」・・・35・8%
  「公約だから」・・・6・9%

 不支持理由は
  「中国や韓国などとの友好関係に影響する」・・・72・8%
  「政教分離の憲法に違反する恐れ」・・・13・3%
  「A級戦犯が祀られている」・・・12・4%

中国や韓国・北朝鮮などは繰り返し日本へ、この問題に
関して抗議してきています。

それへの国民の回答が、上記なのだと思います。
この回答の数字・・・は、実に示唆に富みますね。
私は、近隣諸国へ配慮しつつも主体性を保つべきだと考える
「良識的な」日本人像をここに見ます。
その理由をAで述べましょう。


A 日本人の良識

まず、戦没者追悼施設について建設賛成と答えた人が2/3近く
もいたということ。私は、この2/3の多くは、中国や韓国側の
心の痛みにも十分共感しているのではないかと考えます。
靖国神社の宗教性や、戦前に果たした役割を重視する立場の
人(愛国者と呼んでもいいですか?)は、おそらく、建設
反対の立場でしょう。なにがなんでも靖国で! そう考える
人々ではないかと想像します。
が、そうした人々は国民の中では三割未満です。
靖国神社への疑問や不安を抱いている人、または、隣国へ
配慮して靖国にこだわらなくていい、と考えている人が
国民の中では主流
なのです。

しかしそうした2/3弱の人々のすべてが、今回の小泉首相の
靖国参拝へ反対しているわけではありません。
あれだけの抗議を受けているのですから、靖国神社に
こだわらない立場なら、譲ってもよいはずなのに・・・です。
実際には、参拝すべきでなかった・・・は五割未満ですが、では
その差、15%程度は、なにを考え、どこへ消えたのでしょう?
私はここに、中国・韓国からの激しい抗議の影響を読み取る
ことができると思います。このギャップこそ、中国・韓国の
気持ちはわかるけれども、それによって日本の首相が行動を
左右されるべきではない、という意思の表れなのです。

また、次期首相に望む対応ですが、参拝しないで欲しい
という人が45%で、賛成派を上回っています。
ただし、この割合のままで、人々が「首相候補の靖国への
態度を見て次回選挙で投票を決める」と考えては早計です。
もし、靖国参拝問題が投票行動に影響するなら、先の選挙で
靖国不参拝を宣言した岡田民主党はもっと得票できていた
はずですから。
つまり、日本国民にとって、この論点で首相を選ぼう・・・と
いうほど、靖国問題は重要な問題ではない
ということです。
はっきり言えば、次期首相がどういう考えを持っているかは
次期首相次第だ、ただ、できればこうであって欲しい・・・程度の
意見だと、解釈すべきです。
ある政治事項への賛否が必ずしも投票行動に結びつかないのは
イラク派兵の場合とよく似ています。


A 抗議を受けるほど賛成派が増える

中国や韓国からの抗議は、最終的に日本人の世論に
どういう影響をもたらしたでしょうか。

中国や韓国側の抗議に理解を示す人は、靖国参拝反対。
抗議に屈してはならないと思う人は、賛成です。

もう少し正確に言えば、「抗議内容は理解できるけれども
それでも今回ばかりは屈してはならない」と思う人も
賛成へ回ったでしょう。
これは、他国への配慮や国際協調と、日本の主体性とを
天秤にかけ、後者を重視した、ということです。
逆に、日本は本来主体的に行動すべきだけれども、それでも
今回に限り(つまり激しい抗議や日中・日韓間の懸案事項に
考慮して)参拝をやめるべきだった、と考える人もいるはず
です。こうした人は参拝反対に回ったはずです。

その結果、賛成に回った人は反対に回った人を上回りました。

中国や韓国からの抗議が、靖国参拝賛成派を増やす
・・・これは事実です。
激しい抗議を受ければ受けるほど、本来は首相の靖国
参拝に反対だった人も、賛成へ回ってゆく・・・のです。
逆に、激しい抗議によって中国や韓国の受けた苦しみを
理解し、同情し、日本の過去を反省し、そして近隣諸国と
仲良くしなければと考えて、参拝賛成から反対側へ回る人
・・・もいたかもしれませんが、差し引きすれば、それは
相殺されてなお足りないほど少数なのです。



【 靖国参拝反対派は靖国問題を外交問題にすべきでない 】

上で長々と述べたのは、すべて次に述べる結論へ説得力を
増すための材料でした。
靖国参拝反対派は、今回のことからなにを学ぶべきなのか
整理してみたいと思います。


@ 外国からの抗議に依存しない

外国からの抗議に関しては無視するのが最良ですが
どうしても言及したければ抗議があったという事実のみ
簡単に補足すればよいでしょう。

近隣諸国の過去の戦争被害に関しては、これまで戦後60年の
教育や大手メディアの働きによって、もはや大部分の日本人
が知っています(少なくとも選挙権を持つ年齢ならば)。
そして日本人はすでに十分それへ共感しているのです。
(靖国以外の施設建設に賛成する人は2/3もいます)
すでに共感しているのに、なお一層の共感を求めることは
「押し付け」であり、強制と受け止められるだけです。
強制された共感・・・など、強制された反省と同じく
まったく無意味、逆効果でしかないでしょう。

中国や韓国の人々の感情は、中国や韓国の政府が堂々と
主張しているのですから、国内の参拝反対派は、国内での
参拝反対の主張をすればよいのです。日本人が日本人と
話す時に、他国民の気持ちを代弁したり、共感してみせる
必要はありません。


A 外部に頼らない反対の根拠を出す

外部・・・とは、外国政府や外国メディアということです。
外国との関係悪化が心配だというのも、もちろん、参拝反対の
理由としては成り立ちます。
しかし他方、今現在で参拝に賛成している人々は、すでに
日中・日韓関係の悪化を織り込み済なのだという事実を
忘れてはいけません。また、日中・日韓関係は、日米関係
ほど緊密に結ばれていないという事実もあります。

結局のところ、日中・日韓関係の悪化は、今現在参拝を賛成
している人々を説得する材料にはなりません。
六者協議に関しても、米国は日本の参拝が影響しない、と
いう見方を示しています。
また海外メディアでは、米国で日本側を批判したNYタイムズ
(木村記者)は、その東京支社が朝日新聞東京本社と
同じ住所にある・・・など、参拝賛成派からは、まさに
朝日新聞並みの(マイナスの)評価しか受けていません。

外部メディアや外国政府の反応を、参拝反対の論拠にする
ことは、反対派同士の内輪では意味があるかもしれませんが
事実上、賛成派を説得する材料にはならないのです。
かえって、日本への外国の干渉を印象づける結果となります。

他方、参拝賛成派は憲法19・20条の「思想・良心の自由」
「信教の自由」を大きな根拠の柱に挙げています。
日本国内では「思想・信仰の自由」は極めて大きな価値を
持っていますから、これに対抗するのに「外交上の利益」
では、あまりに弱すぎます。


B 外国政府・日本のメディアとは距離を置く

外国政府の主張と距離を置くべきだ、という理由はもう
何度も、くどいほど書きました。
要するに、日本国民が持つごく自然な「日本の政治は
日本人が決めるのだ」という主体性・・・の敵であるかの
ような態度は避ける
ことです。

そして同様に、日本のメディアとも距離を置くべきです。
日本のメディア、特に一部の大手新聞紙は、度重なる誇張
表現や、酷いところでは記事の捏造・・・などによって
もはや全く信用されていないと考えるべきでしょう。

誰かに向けて自分の意見を言う際に、相手方がそもそも
信用していない第三者(この場合は日本のメディア)の
主張を、傍証として挙げることは、逆効果にしかなりません。


C 外国世論に頼らない

先日ネット上で、靖国反対運動を多国的に、つまり中国や
韓国のネット・ブロガーと連携して、盛り上げよう、という
主張のブログを見ました。
これもまた、@〜Bと同じ誤りです。
日本国内の世論を動かすのに、外国世論に頼ろうと思っては
いけません。



【 国内での参拝反対の根拠とはなにか 】

蛇足ですが、外国の抗議や外交関係悪化を理由にしないなら
参拝反対の根拠とはなんなのでしょう・・・。
ついでなので簡単に整理してみたいと思います。

@ 政教分離原則

国内での賛成派の根拠のひとつは、「信仰や思想の自由」です。
これには同じ憲法20条で定められた「政教分離」原則が、まだ
有効性を保っています。
ただし、この根拠は絶対ではありません。
裁判所の判断が揺れているということもありますが、なにより
もし違憲判決が出たとしても、その憲法でさえ、最終的には
国民・有権者の意思で変わりうる
、からです。

また、この政教分離原則に従えば首相の私的参拝は許される
と考える国民が多いでしょう。

そしてもし、政教分離原則を自説の柱に据えるのであれば
首相が「私的参拝」をした場合にまで、もし中国・韓国からの
抗議が来たのならば、日本国首相の行動は国内的に正しかった
のだ、と、毅然として主張する、あるいは海外向けに首相の
正当性を説明しようと努力する・・・という一貫性も大切です。

その主張に一貫性があるかどうか・・・を、国内の参拝賛成派が
じっと見ている事実を忘れないでください。


A A級戦犯合祀・戦争責任

極東裁判の正当性やその評価に関しては賛成派・反対派の間で
激しい論争が巻き起こっていますが、反対派が主張する時に
気をつけて欲しいのは、A級戦犯の戦争責任は、まず第一に
日本国民に対してあるのだ、ということです。

近隣諸国に対しても責任があるのは当然ですが、他国への
責任について、日本人同士が議論するのはほとんど意味が
ありません。
賛成派に向けて意見を述べるのであれば、日本国内への責任
原爆投下を招いた責任、終戦の決断が遅くなった責任、などに
ついて述べ、共感を求めるべきでしょう。


B 愛国・天皇制・歴史

靖国参拝を愛国主義、天皇制と絡めて賛成派と論議する
ことは、私個人は不毛だと思っています。
愛国の定義や実態、天皇制への共感度(反感度)などは
国内でも驚くほど温度差があります。
象徴天皇制は完全に定着しています。
天皇制、日の丸、君が代、そして靖国・・・は、現代において
すでに記号と化しています。そこになにを見るか・・・は
国民の間でもバラバラなのが実態でしょう。

知識として、戦時中に天皇や日の丸や君が代や靖国神社が
国民の戦意高揚や人心掌握に利用されたことは知っていても
そのことが、靖国神社への反発とは結びつかない人も大勢
います。
これはもはや、「歴史認識」の違いなのではないかと私は
思っています。歴史認識を巡っては、新しい歴史教科書問題
で盛んに論議されていますが、その論戦を見るにつけ
一方だけが絶対的に「正しい」ことなどありえないのでは
ないか・・・というのが、私の正直な感想です。



【 再度・・・靖国問題は国内問題です 】

私は最近では、靖国参拝への中国・韓国の抗議が来るたびに
さも一大事のように大騒ぎする日本のメディアは
本当は靖国参拝賛成派を増やしたいのではないか? と
疑いたい気持ち・・・なのが正直なところです。
首相の靖国参拝に反対する人(有権者レベル)にとって
真の敵は日本メディアなのかもしれません。

日本国民の多くは、首相の参拝が行われれば近隣諸国から
抗議が寄せられること、その結果外相会談なども延期され
ことによると反日デモが起こるかもしれない・・・ことなど
とうに予測しているでしょう。

それでもなお、あえて日本国首相の参拝に賛成する・・・のです
そして参拝によってその割合は数パーセントといえ増えている
・・・という事実は、この問題への外国からの干渉をいかに
日本国民が嫌っているか
・・・という証拠です。
外国からの干渉を嫌うのは、靖国参拝賛成派だけではなく
反対派も同じなのです。

外国からの抗議は、国内の世論を不当に歪めています。
外国からの抗議がなければ、靖国参拝反対派は賛成派を
上回っているのです。
他国からの無用な干渉や、他国の干渉を嬉々として(表面上
だけは深刻そうに眉を寄せて)報告するメディアの歪みが
なければ靖国問題は穏当なところで解決できるはずです。

そうであるからこそ、靖国参拝に反対する立場の人ほど
この問題への外国からの干渉には毅然として「NO!」と言う
べきです。

そしてなによりも靖国参拝への反対運動を、メディア任せ
政治家任せ、外国任せにせず、国民・有権者自身の手に

取り戻すことが大事なのだ、と思います。



    ◇     ◇     ◇


資料【中日新聞】

http://www.chunichi.co.jp/00/sei/20051019/mng_____sei_____003.shtml
「支持わずかに上回る 首相靖国参拝で世論調査

 小泉純一郎首相の靖国神社参拝について共同通信社が17、18両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、「参拝してよかった」が48・1%だったのに対し「参拝すべきではなかった」が45・8%と、参拝支持が不支持をわずかに上回った。前回9月調査では「今年は見送るべきだ」(53・0%)が「今年も参拝すべきだ」(37・7%)を上回っていたが、賛否が逆転した。

 一方、戦没者を追悼するための新たな施設建設は、賛成が63・7%と、反対の26・4%を大きく上回った。

 次期首相に望む対応では「参拝すべきではない」(45・9%)が「参拝すべきだ」(37・5%)を上回り、首相の靖国参拝をめぐる世論がなお二分されていることが、あらためて浮き彫りになった。

 17日に行われた小泉首相の参拝を支持する理由は「他国によって影響されるべきではない」が53・1%とトップ。「戦死者らを慰霊するのは当然」は35・8%。「公約だから」は6・9%にとどまった。

 不支持理由は「中国や韓国などとの友好関係に影響する」が72・8%と飛び抜けて多い。「政教分離の憲法に違反する恐れ」が13・3%、「A級戦犯が祭られている」は12・4%だった。支持、不支持とも内政より外交を優先して判断している。

 小泉内閣の支持率は54・5%で前回調査の59・1%から4・6ポイント下がった。不支持率は3・1ポイント増の36・3%。支持理由のトップは「ほかに適当な人がいない」で、前回比12・6ポイント増の35・2%。

 <調査の方法> 全国の有権者を対象に17日午後から18日にかけて、RDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)法で実施した。コンピューターで無作為に電話番号を発生させてかける電話調査法で、電話帳に番号を載せていない人も調査できる。無作為に発生させた番号のうち、実際に有権者がいる世帯にかかったのは1494件、うち1013人から回答を得た。


posted by 水無月 at 13:02| Comment(6) | TrackBack(2) |   ◇靖国問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月19日

靖国問題・・・反対派 VS 反対派

とあるSNSにてUPした
靖国問題・・・評価できる小泉氏の政治感覚】の同文について
コメントをいただき、内容のある遣り取りができました。

その方(匿名希望kさん)の許可を得て以下に転載しますが
はじめに断っておくと、SNSでの遣り取りですから、お互いに
それぞれの政治的な考え方・・・などをほぼ知っているわけです。
だから不必要に感情的になることもなく、相手の言いたい
ことをできるだけ理解しようと努力した結果、会話が続いた
・・・のでしょうね。

靖国問題は、日本人にとって極めてデリケートな問題であり
そのため、往々にして、自分と異なる考えの人は切り捨てる
・・・というような感情的な対応をしてしまいがちなように
思うのですが、このkさんとの遣り取りを通じて、決して
そればかりでもないのだ・・・と思えました。


あらかじめ双方の立場を説明しておきます。

 kさん・・・靖国参拝反対派
       今回の小泉氏の靖国参拝にも反対

 水無月・・・靖国参拝反対派
       今回の小泉氏の対応に限り評価しても良い

したがってkさんから見ると、靖国参拝反対と言いながら
小泉氏擁護とも読める文章をUPした私は、これまでの
立場を変え、靖国参拝賛成派に鞍替えしたように思えた
はずです。

私のコメントレスの目的は、私個人が靖国参拝反対である
ことを説明し、なぜ、参拝反対なのに小泉氏を「評価」
できるのか、その立場を説明し、わかってもらうことでした。


    ◇    ◇    ◇


2005年10月18日14:20 kさん

僕は落第点!小泉は靖国参拝をやめるべきです。デリカシー無さ過ぎ!安易なトリック外交より、もっと脳みそ使って欲しいのに!

今後は「しかたがないよなあ」という思考で「賛成派が増える」と僕は見てます。「しかたなくないんだよ!」って叫びたい心境です。でも叫ぶ以外の方法を建設的に考えたい

>中韓が日本の靖国問題に口を出すのは、米国が
原爆記念日に日本の総理大臣が祈念式典に参加するのは
不愉快だからやめろ、やめなければ経済制裁するぞ、と
要求するに等しいことです

?僕には理解できませんが。靖国には外人もまつられてますよ。
日本は政教分離の国ですよ?


2005年10月18日17:04 水無月

kさん、こんにちは♪

「首相」は靖国参拝をやめるべき・・・確かに私も長くそう
思っていましたし、今も、そう思っています。
それでも、靖国参拝をしたことが、「首相としての小泉氏」の
政治感覚とか政治家としての資質の問題を表す・・・とは
考えないです。
つまり、靖国参拝をしないこと、が、日本の首相としての
必要条件とは考えない、ということです。
首相には参拝して欲しくないですが(=これは私の希望)
だからといって、参拝するような人物は全員首相失格だ
というところまでは考えられません。
逆に、これまでの経緯を省みると、今年から参拝をやめた場合
の方が、一貫性がない、ということで、批判の対象となりうる
だろうと私は思います。


デリカシーですが、靖国参拝や日本の教科書に対し公然と
政府レベルで批判したり、それを外交カードとして使おうと
する方がデリカシーがないんじゃないか・・・という反論も
できそうですが、実際問題として、中国や韓国の人々が
感情的に傷つけられるということは理解できます。
しかしそれは中国や韓国の国内問題だと思うのですよ。
中国や韓国の反日デモが、かの国の国内問題であるのと
同じです。中国や韓国の国内世論に日本が反応することは
やめたほうがいいと思います。それはかえって両国の関係を
変に感情的にこじれさせるだけのような気がしますね。
中国や韓国の国内世論が先鋭化し、これをそれぞれの政府も
沈静化させようとしないのであれば、それ自体は、当該政府の
対応ということですから、日本側としてはそのまま受け止める
ほかないでしょう。
日本国内の問題に関しては、中国、韓国の理解を求める、と
いう態度でいいと思います。
日本国内では世論はまだ流動的であり、司法の判断も揺れて
いるということ、そして首相が参拝するかどうかは、多分に
首相となった人物個人の主義信条によるということ、日本は
そういう政治システムなのだということ・・・それを、根気
よく説明するしかないでしょう。
隣国とは友好的な関係であるのが望ましいのはもちろんですが
もし、どうしても理解してもらえないのであれば、それはもう
日本の隣国はそういう国なのだと冷静に判断して、そのように
対応するほかないのだと思います。

もっとも、私が一番に問題にしているのは、中国や韓国政府
ではありません。中国や韓国の反応を理由にして
靖国参拝を論じようとする国内の参拝反対派の人々です。
じゃ、中国や韓国がそれを気にしなかったら、参拝してもいい
という理屈なのでしょうか?
反対派がそういう、外国頼みの論拠しか見つけられない
ので あれば、賛成派が増えるのも当然
だと思います。
今の私は、正直に言えば、参拝反対派に失望しています。
新聞各紙など大手メディアの論調にも失望しています。
外国の反応とは切り離して、冷静に論議して欲しいのです。
そしてまた、外国の反応とは切り離して冷静に論議
しない 限り、この問題は解決しない
と思います。

ある新聞の社説で、「小泉氏が先の選挙で大勝したことは
靖国参拝へ国民がOKを出したという意味ではない」
「小泉氏は選挙期間中に靖国へ行く、と言わなかった」と
あるのを見ましたが、この執筆者が本気でそう考えていると
すれば、日本の政治に関して無知すぎます(苦笑
社説を書くことはやめたほうがいいでしょう。あるいは
そういう人間しか社内にいないような新聞社は人材不足で
不安になります。
先の衆議院選挙のあとで、有権者の大多数は、「新しい
日本の首相=小泉氏」は靖国へ今年も参拝するだろう、と
正確に予測したと思いますよ。
彼が靖国参拝をしないだろう、と本気で予測(期待)した
人などいないでしょう。むろんその結果、中国や韓国が
どう反応するかということも、予測していたと思います。
私は、日本の有権者はこの社説執筆者ほど無知でも
無邪気でもない
と思っていますからね。


>叫ぶ以外の方法を建設的に考えたい。

これにはまったく同感です。
そのための第一歩が、まず、感情的な論調を排すことと
国内の問題を外国の視点から論ずるおかしさを排すこと

だと、私は思っているのです。


>?僕には理解できませんが。靖国には外人もまつられてますよ。
日本は政教分離の国ですよ?

ある宗教施設へ外国人が祀られていたとしても、それが
日本国内の施設である以上、そこへ首相が参拝するかどうかの
是非を考えるのは日本国民の領分です。
政教分離の問題とあわせ、外国が口を出すことはおかしい
というのが、私の発言の趣旨でした。
なお、戦時下(日韓併合下)の朝鮮民族は、厳密に解釈する
なら、日本籍を有していたのですから、日本人ですよ。


2005年10月18日18:20 kさん

>逆に、これまでの経緯を省みると、今年から参拝をやめた場合
の方が、一貫性がない、ということで、批判の対象となりうる
だろうと私は思います。

僕は「靖国参拝」については「一貫性」よりも「柔軟性」を選択したいですね。
政治には「緊張関係」が必要だと思うのですが、コイズミの作り出すそれは「ハリボテ」に僕には見えるのです。軍産複合体の設計図によるハリボテ。この先には「軍拡」が待ってると思います。

>日本の隣国はそういう国なのだと冷静に判断して、そのように
対応するほかないのだと思います。

友人付き合いにはそういう態度も必要ですね。
でも、わざわざ怒らせる様なことをして
何かいい事でもあるんですかね?


>日本国内の施設である以上、そこへ首相が参拝するかどうかの
是非を考えるのは日本国民の領分です。

多分この「靖国参拝」については僕と水無月さんとは「反対」という以外、意見が相容れない気がします。それは「ナショナリズム」の定義が違うと思うから。僕にとっての「ナショナリズム」は歴史に無く、経験則が主なんです。「戦争したくねえな」って所に拠ってるんです。

>日本籍を有していたのですから、日本人ですよ

そういえばA級戦犯も、れっきとした日本人ですね。
靖国にはデリケートな問題が山積です。

僕は「反日デモ」とかいう形態では無くて、中韓の心ある普通の人に靖国反対をきちんと言って欲しいのです。私は非国民でしょうか?(笑)


2005年10月18日19:59 水無月
 
kさん、こんばんは♪

↑の全体の流れ・・・の感想ですが、わかりますよ。
私と意見が完全に同じというわけじゃないですけど
(「一貫性」と「柔軟さ」、「軍拡」、「ナショナリズム」など)
kさんの考え方はわかります。

意見を言うべきところというと、たとえば「戦争をしたくねえな」
この部分ですが、靖国参拝に賛成する人(有権者レベルで)
が、戦争をしたがってるということはない
と思います。
そういう、一種の決めつけ、レッテル張りみたいなのも
議論を硬直化させてしまうよう
に思えて、心配なのですよ。

あと、友人付き合いの部分で思ったことですが
昨日TVニュースで「靖国参拝は中国への挑戦である」という
中国要人の発言を耳にしたんですよね。
私は反射的に、「おかしい!」と思いました。
日本は中国へ挑戦などしてないと私は思うのですが
そのように受け止める中国の感覚・・・には、もう
付き合いきれない、と思ったのが正直なところです。
そういう友人(隣人)であれば、こちらも、そういう
友人(隣人)なのだと割り切るしかないな・・・と(苦笑


>僕は「反日デモ」とかいう形態では無くて、中韓の心ある普通の人に靖国反対をきちんと言って欲しいのです。私は非国民でしょうか?(笑)

いえいえ!(笑
そのように冷静に「靖国反対」と語ってもらうのなら
私自身はそれを内政干渉と受け止めることはないですし
日本人の中にも自然に、反対派が増えるでしょう。
そして国内の反対派が賛成派と話す際にも、説得力が増すと
思います。
ただ現状のように、ガス田問題や国連加盟問題(やや古)の
ような関係ないところで、突然靖国問題や教科書問題を持ち
出す・・・というようなことは、本心からやめて欲しい
です。


2005年10月18日21:09 kさん

結構「矛盾してるなあ〜」とか思いつつ、書きながら、
頭の中が整理されて行く様な感覚があります。

>意見を言うべきところというと、たとえば「戦争をしたくねえな」
この部分ですが、靖国参拝に賛成する人(有権者レベルで)が
戦争をしたがってるということはないと思います。

「実際の外交問題」と「靖国参拝問題」は
日本人としては明確にわけて考える必要がある
でしょうね。
ここを誤ると戦争屋右翼になっちゃいますから。
(と僕は思ってます)

>「靖国参拝は中国への挑戦である」という 中国要人の発言を耳にしたんですよね。

国内のガス抜きのために反日デモを誘発したいんですかね?
その場合、オリンピックもあるし国際的な批判もかわしたいのかな?
そういう発言かな?

中国って神話と史実の境目がはっきりしないですからね。
そういう日本では存在しない感覚に
「強さ」や「魅力」を感じたりするんですが...


2005年10月18日22:12 水無月
 
kさん、こんばんは♪

>「実際の外交問題」と「靖国参拝問題」は
>日本人としては明確にわけて考える必要があるでしょうね。

そうそう! それが私の言いたいことなんです!!
「靖国参拝問題」としては、私の意見はNO! です。
ただし、靖国を愛する人が国内にいることは認めてるし
そういう人は参拝に行けばよいと思います(信仰の自由)
ただ、首相には行って欲しくない。これは有権者の立場で。

そして「外交問題」としての靖国問題に関しては
今回の首相の行為は、べつに国内で批判するほどひどいもの
じゃない、と思うのです。
(それは私がもともと小泉氏に批判的な立場だからです。
 もともと親小泉的な立場の人は、もっと大声で彼を応援して
 いるでしょう。実際、ネット上にはそんなBLOGが溢れています)

分けて考えないと、問題がこじれるばかりで収拾がつかず
結局、国民レベルの混乱とか感情の高まりを、「誰か」に
利用されるだけだと思うんですよね。
その「誰か」というのは、それこそ戦争をしたい人や
自衛隊の在り方を有利にしたい人(為政者レベルで)とか
日韓、日中関係が悪化することで利益を得る人なんじゃ
ないかと思うわけです。


>国内のガス抜きのために反日デモを誘発したいんですかね?

中国側の本音はわかりませんが、もしかしたら慢性的に
中国や韓国は「日本が『悪い国』であってくれた方が都合がいい」
のではないかと疑心暗鬼になっちゃいますね。

中国・・・。
歴史を紐解けば、漢字文化圏の中心ですからね(笑
私は、あれだけの人口を抱えて、よくがんばっているなぁ
・・・という印象です。でもそのせいで、あちこちが
ひずんでいるという現状もあって・・・。
個人的には、中国には、その歴史や人口に見合った大国として
尊敬できる態度を取って欲しい・・・というのが本音かも
しれません。でも内実は大変に違いないでしょうから・・・
やはり無理なのかなぁ・・・?(苦笑


2005年10月18日23:16 kさん

付け加えると、個人的には靖国には行きません
(最近の報道のせいで興味はあるのですが)

中国や韓国に個人的に友人がいたとして
それでも靖国参拝できるのか?
僕はできないですね。
靖国神社の運営自体に右翼的な権力を感じるてるし。
(侵略戦争を肯定したい人、多いんじゃないですかね?)
靖国に行くこと自体がなんか利用されてる気がするので。
僕は戦没者の慰霊は自宅で行います。


2005年10月19日02:28 水無月

kさん

私も靖国へ行ったことはないですし、今後も参拝はないでしょう。
ただ、kさんと同じで、そこがどんな場所なのかを
知るために見学にいくことは、あるかもしれないです。
戦没者慰霊は、ひとりひとりが最も自然な形で行えば
いい
と 思います。そうできるべきですよね。

靖国関係には護国神社の自衛官合祀事件というのがあって
護国神社は靖国神社の地方版と考えてください。
現在でも、自衛隊の方で殉職した人は、どうやら護国神社へ
祀られるらしいんですが、ある自衛官の遺族が
自分はキリスト教徒なので合祀しないで欲しい、と訴えた
にもかかわらず結局裁判で負けで合祀されたという事件が
起きています。信仰の自由に関わる重大な問題だと思います。
外交じゃなくても内政として考えても十分、大きな問題です。
だからこそ、ちゃんと真面目に、冷静に、国民みんなで
考えて欲しいです。

http://law.leh.kagoshima-u.ac.jp/staff/OGURI/sinkou.htm
(自衛官合祀事件)


    ◇    ◇    ◇


以上です。

この遣り取りを通じて、私は、靖国参拝反対の立場を堅持
する、そしてその考えを広めていくために、反対派は
なにを言い、なにを言うべきでないのか、ということに
ついて、自分の考えにますます確信が持てたわけですが
そのことは、また後日にまとめたいと思います。
posted by 水無月 at 07:00| Comment(7) | TrackBack(0) |   ◇靖国問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

靖国問題・・・評価できる小泉氏の政治感覚

昨日、小泉首相が靖国参拝・・・。

私自身は、このことに一定の評価をしたいと思います。


現状:首相参拝への国内の見方は二分されている

まず最初に私個人としては、
総理大臣の靖国参拝は違憲だと考え、反対する立場である
ことをお断りしておきます。

そのうえで、では国内の反応はどうでしょうか?
私は一億二千万分の一として上記のような意見ですが
ほかの日本人はどう思っているのか・・・。
たとえ私個人が反対であっても、国民の大多数が賛成
するのであれば、私は、それはそれとして受け入れる
つもりです。

ネットを検索したところ、次のようなデータがありました。

五月の朝日新聞社による電話調査

 「やめた方がよい」・・・49%
 「続けた方がよい」・・・39%

九月選挙直後の共同通信社による電話調査

 「今年は見送るべきだ」・・・53.0%
 「今年も参拝すべきだ」・・・37.7%

反対派が5割で賛成派が4割弱程度・・・。
どうやらそのあたりが、日本の世論なのですね。
これは選挙結果にはあまり影響されていません。

反対派の方が上回っていますが、4割が賛成している
その4割という数字は、決して無視できるほど小さい
数字ではないでしょう。
国内世論は二分されている・・・と言ってよいと思います。


では司法はどうでしょうか? これは記憶に新しいですが

 大阪高裁(大谷裁判長)・・・首相の参拝は公的であり
  違憲
  ただし違憲判断は「傍論」部分で記述されているうえ
  判決自体は国側勝訴のため国側の上訴は不可能

 東京高裁(浜野裁判長)・・・首相の参拝は私的であり
  違憲主張は前提を欠く(事実上の合憲判断)

このように司法の判断も揺らいでいるという現状です。


小泉首相の行動:彼は国内を見ている

先の衆議院選挙は九月十一日に行われたわけですが
その前月の終戦記念日、小泉氏は靖国参拝を行いません
でした。
これは、5割 VS 4割 という形で二分された国内世論を
考慮した結果でしょう。
ここで信条からの強行をするようなら、小泉氏の政治家と
しての資質には重大な問題があると判断せざるをえませんが
彼は日本の政治家として国内世論を気にかけています。

そして選挙結果は与党側の大勝・・・。

小泉氏は今回、過去には本殿でしていた参拝を拝殿で行い
私的参拝であることを強調するなど、直前になされた
大阪高裁の違憲判断を意識した配慮を見せています。
衆議院選挙での大勝を受け、過去よりもより大々的に
より挑発的に、参拝する可能性も、私は考えていましたが
この予想は外れましたね・・・。

選挙結果からの暴走をせず、国内世論と司法への配慮を
見せた小泉氏の政治感覚・・・は、評価してよいと思います。


なお、国内世論へ配慮したのは選挙前だけであり、選挙が
終われば5割の反対意見を無視して参拝・・・というのは
いかがなものか、という意見も、当然あると思います。
けれども、首相としての小泉氏の靖国参拝はこれで
5度目であり、国内で彼の政治信条や公約を知らない人は
いないでしょう。
選挙期間中も、小泉氏は「参拝については適切に判断する」
と繰り返しており、選挙後にも参拝の意思があったことは
明らかです。
小泉氏の靖国参拝が国内の最重要問題であれば、5割の
人々が反対票を投じたはずですが、そうではない・・・という
結果からは、逆に、首相参拝問題は最重要問題ではない
と考えた有権者が多かった・・・事実がわかります。
こうしたことを総合的に考えれば、小泉氏が靖国参拝した
ことをもって、ことさらに「世論を軽視した!」と糾弾する
のは、無理があるように思います。


外交問題としての靖国:おかしな中韓への正しい対応

最後に、靖国問題は事実上、外交問題となっています。
今回の参拝に対しても、中韓から早速激しい抗議が
寄せられています。
しかし私はもともと、外国からの抗議に配慮して
一国の首相が行動を変える・・・こと自体に反対の立場です。
靖国参拝が純然たる国内問題であることはもちろんですが
国内世論も司法判断も分かれているようなデリケートな
政治問題ではなおさら、日本の首相には日本国内を
向いていてもらわねば困ります。

靖国参拝に反対する人々の中には、よく、首相の参拝が
国益を損なう、ことをその理由に挙げる人がいますが
国内問題に関して、他国が抗議するからやめろ、という
のは、どう考えてもおかしな話でしょう。
もし万が一(ありえない仮定ですが)、米国の大統領が
日本の首相に、クリスチャンになるよう求めたとして
「国益のため」首相が洗礼を受けたら、どう思いますか?
そんな人間に、首相を任せられるでしょうか・・・?

実際には、そうした要求が来ることはないでしょう・・・。
(来るのは、経済分野や自衛隊問題など、米国の利害に
 直結した要求のはずです)
が、中韓が日本の靖国問題に口を出すのは、米国が
原爆記念日に日本の総理大臣が祈念式典に参加するのは
不愉快だからやめろ、やめなければ経済制裁するぞ、と
要求するに等しいことです。
そのように考えれば、中韓が日本の国内問題を外交問題に
「すりかえる」ことのおかしさも、それへ配慮しろと主張
することのおかしさも、自明の理だと思います。


ところが実際には、靖国参拝反対派の一部が、このように
おかしな主張をすることで、それへの反感から
かえって賛成派が増えている・・・現状もあるようです。
これは、首相の靖国参拝を国内問題として捉えて反対する
私のような立場の人間からすると、実に困った事態なの
ですが、それはともかく
本来は国内問題である靖国を外交問題として考えた場合
他国の干渉に左右されず、国内への配慮と自己の信条から
行動を決めた小泉氏・・・ということですから、私は
(私自身の立場とは異なるとはいえ)
首相としての小泉氏に、及第点をつけてよいと思います。

posted by 水無月 at 04:47| Comment(3) | TrackBack(1) |   ◇靖国問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

靖国違憲問題・・・覚書

※原文は2005年10月04日に書いたものです。
(大阪高裁で30日に示された靖国違憲判断を受けて)

靖国が違憲か合憲か・・・。

この問題はどうしてこんなにこじれてしまったのでしょうね。

私は、個人的には違憲だと思います。
政治家は、特に公的な職にある者は、どの宗教施設とも
一定の距離を取るべきです。
日本には現在、公的な国教はありません・・・。
事実上、神道と仏教が(大まかすぎますが)勢力を二分して
いる形・・・でしょう。

戦争で亡くなった犠牲者(加害者・被害者を問わず)には
仏式の墓で眠っている方々も多い・・・はず。
犠牲者の冥福を祈るなら仏教施設で
平和を祈念するなら広島か長崎ででも・・・できる・・・はず。
なぜ、靖国なのか・・・。
たとえば、終戦記念日に靖国神社へ行きたければ
二年に一度はほかの宗教施設へも行くべきではないのか・・・。

靖国「神社」であることが重要なのか(つまり、天皇を
皇孫といただく宗教性に意義があるのか)、または
「靖国」神社であることが重要なのか(つまり、先の戦争の
犠牲者が祀られていることが重要なのか)
明確に答えられる日本人などいないような気がします。

そしてそこにこそ、靖国神社の危険が・・・すなわち危うさと
険しさが・・・潜んでいる、ということなのでしょう。


靖国問題はまず第一に、内政問題でした。
しかし今では内政に留まらない、外交問題の一面も持って
います。
日本国内の世論もまとまらず、司法界の判断も割れている
このデリケートな問題に、外部から土足で割り込む圧力が
加わり、まさに論点は分裂四散状態・・・。
靖国問題を自派に有利なように導こうと外圧を呼び込んだ
人々・・・が、もしいるとすれば、怒りを感じます。

歴史上、多くの国家が、内部闘争の助っ人として外部勢力を
頼み、結局はその外部勢力によって蹂躙され、滅んでいます。
日本人の問題は日本人で解決しなければなりません。
靖国問題のどちら側につくにせよ、その原則は忘れては
いけない・・・と思います。
posted by 水無月 at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) |   ◇靖国問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月15日

続・共謀罪

以前に書いた私自身の記事
共謀罪(衆議院2/3制覇がもたらすもの)】の中で
一部に、事実と異なる誇張した表現がありました。

>政権や政府に批判的な言動をする人・・・たとえば
>靖国参拝で裁判を起こす人や、沖縄基地返還を訴える人
>あるいは、政府首脳のスキャンダルを追うジャーナリスト
>・・・などが、居酒屋の冗談程度で共謀罪を適用され
>今後は逮捕される可能性があります。

と私は書いていますが、法案を厳密に解釈すれば
「人」つまり個人では(組織でないので)この罪に
問われる可能性はありません。


そのことを訂正した上で、共謀罪の危険性をもう一度
整理しておきたいと思います。
私は、次の二点を重視しています。


@ 実際に犯罪行為がなされた段階でなく、その前の
 共謀段階で犯罪要件を構成してしまうこと。

 (相談はしたけれども、実行まで至らなかった・・・かも
  しれない可能性は無視されます。
  人間の行為の自由をどう捉えるかという問題)


A 犯罪組織・・・の定義が曖昧なこと。

 法務省見解では、同法案には「組織犯罪の要件」が
 付されており、すでに同じ要件が付された
 「組織的犯罪処罰法における組織的な殺人等の加重処罰」の
 場合、実際上、暴力団や悪徳商法のような組織的詐欺組織
 にしか適用されていないのだから、それ以外の団体には
 適用されない(はずだ)ということです。

 しかし、ある集団が犯罪組織かどうか・・・の判断の曖昧さ
 はどこまでも残るわけで
 それを線引きするのは常に必ず公権力側となります。
 (警察がそう判断すれば適用され、逮捕されうるから。
  司法の判断は逮捕後の話です)


私はこの二点を強調したいと思ったため
法を運用する側にとって都合の悪い団体に対し、故意に
厳格に同罪が適用されるのではないか・・・というケースを
考え、結果的に間違った例を挙げてしまいました。

表現の行き過ぎはありましたが、私が、共謀罪を危険だと
判断する根拠と結論に変更はありません・・・。


ある集団が犯罪組織かどうか・・・という判断は、実に
微妙なものとなるはずです。
弁護士団体などは、たとえば、
マンションの建設に反対する住民団体、や、労働組合
などを例に挙げていますが、私が思い浮かべたのは
特定国の船舶の寄港に対して反対運動をする団体、や
同じく、自衛艦や核搭載疑惑のある他国籍軍艦の寄港に
反対する団体、そしてこれを支援する団体・・・などでした。
(どのような背景を持つ団体であれ、彼らが、なにかを
 実力で阻止・・・しようと相談すれば、そこに共謀罪
 =たとえば組織的威力業務妨害共謀罪など・・・が
 成立する可能性があります)

また、同罪は必然的に内通者を要する(その行為の
実行の前に警察がこれを知らなければ逮捕できない)
ことから、逆に、この内通者が実は扇動者であった
・・・というような、一種の囮捜査に変容する危険性を
秘めています。
(事前に通報した者は刑を軽減する規定があります)
人間が、その行為をするか、しないか、の選択(自由)が
歪められる危険・・・があることは、私には重大な問題と
思えます。


     ◇     ◇     ◇


さて、共謀罪については以上ですが、私がこのように
あえて追加記事を起こしたのは、どうやら「共謀罪」の検索で
ここへ来てくれる人がいるらしいから・・・です。
私の結論に変わりはありませんが、途中で間違った
議論をしていると、結論自体に疑義が挟まれてしまうかも
しれません。あるいは、単なる煽りと受け取られたり(汗

こうしたことを考えるようになったのは、例の
人権擁護法案・・・を巡るネット上の遣り取りを見るように
なってから・・・です。
ネット上には、人権擁護法案の危険性を訴えたいあまり
先の私と同じように、過激で誤った議論をするBLOGが
溢れているようです・・・(困

人権擁護法案が成立すると、人種や宗教信条などを巡る
批判的な言論が、いっさい封じられてしまう・・・とする言説
逆に、人権擁護法案さえ成立しなければ言論の自由は完全に
保障されているのだ・・・とする言説、どちらも間違いです。

人権擁護法案が問題とするのは明確な(=人権救済を要する)
被害者のいる差別や虐待であり
たとえば「在日外国人に参政権を付与するかどうか」という
ような言論は、これまで通りなんの制限も受けません。
また、人権擁護法案が成立しなくとも、現状においてすでに
名誉毀損やプライバシーの侵害にあたるような言論は
(ネット上においても当然)禁じられています。

人権擁護法案を巡るネット上の議論の一端を知り
議論の過程に誤りがあると、結論の正当性が疑わしく
なる・・・ということを私自身が実感しました。

これが、この記事を書かねばと思った最大の動機ですね(笑


なお、私自身の不勉強もありましたので、人権擁護法案に
ついての【資料編】には一部追加してあります。
posted by 水無月 at 07:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内(法律) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月13日

人権擁護法案について(感想編)

平成十七年十月十二日・・・
鳥取県で人権侵害救済条例が可決されました。

人権擁護法案の危険性について・・・は、いまさら私が
述べるまでもないでしょう。
「?」な方は【資料編】をご覧ください。

ここでは正直な感想を書こうと思います。私は今日
偶然、次のような「中央日報」の記事を目にしました。

韓国の出産率、世界平均の半分にも及ばず

中央日報は韓国の新聞でしょうが、日本では珍しい
「ネットから書き込めるコメント欄」が記事に
ついているのです。私は、ただの興味本位から
そのコメントを見てみたのですが

「そのかわり「強姦率」は世界平均の倍以上ありますから」
「先進国の出産率は低い。韓国の出産率も低い。
 よって韓国は先進国。という三段論法を立てて
 満足している。もうすぐ長期不況が来て、極貧国に
 脱落し、川で死体が次々と流れていくのも知らないで」
「 おめでとう、先進国並みになったんじゃないか・・・
 もしかしたら、朝鮮民族は晴れて絶滅危惧種になった
 ということかな。別に危惧はしないし邪魔もしないから
 静かに消えて下され」

というようなコメントが並んでいるのを見て、正直
驚いてしまいました・・・。
(もちろん、真面目?なコメントもあるわけですが)


まあ私などは、ネット初心者です。
今頃こうしたのを目にして驚くのは、初心者の証
でしかないのでしょう・・・。
それは事実ですから事実として認めるとして
「剥き出しの自由」の凶暴さ・・・を、ようやく知った
ということですね(汗

そして人権擁護法案に話を戻します・・・。
人権擁護法案を推進する立場の人は、やはりこうした
「剥き出しの自由」な言論をなんとか規制したい
・・・と思っているのではないかと想像したのです。
(上に挙げた匿名のコメントなどは、人種的民族的
 差別という点から、まさに同法案が規制しようと
 している言論だと思ったのです) 
人権擁護法案・・・に限りませんが、ネットでの
発言の自由に枠をはめよう・・・という動きがあり
それに対して、ネット側からも反対運動が広がって
いるようです。
2チャンネルに代表されるネット側から反対運動が
起きている・・・のは、まさにこの「剥き出しの自由」
を謳歌しているのが、ネット界の人々だから・・・と
解釈しても的外れではないと思います。

差別や中傷・・・あるいは広義に人を傷つけること・・・と
言論の自由。
これは本当に難しい問題です。

他人を傷つける言動をすべきではない・・・というのは
いわば道徳的な規律・・・だと思うのです。
ネット(に限りませんが)で発言するひとりひとりが
本来は、自分自身に対して、課すべき責務・・・では
ないでしょうか。
そして法律で禁じることは本質的に無意味なのだと
思うのです・・・。

少し前に、痴呆という名称は侮蔑的であるから
認知症と言い換えましょう・・・という報道がありました。
それ以来一斉に、大手メディアからは「痴呆」の
文字が消え、「認知症」に変わりました。
実は「痴呆」の前は「ボケ」だったのですよね。
ボケが侮蔑的なので痴呆に、そして今度は認知症に・・・。
こうした言いかえを、馬鹿馬鹿しいと思わない人が
いるんでしょうかね・・・?
認知症の人々の人権が重要なのはもちろんですが
名称を変えることでその人権を保護することに
少しでも寄与するのでしょうか。
社会全体に、認知症の人々を疎んじたり、社会の
お荷物だと感じる「空気」がある限り
認知症の人々への侮蔑視はなくならないでしょう。
いずれは認知症という言葉も「侮蔑的」だとして
別の言葉に置き換わるに違いありません・・・。

同じことが差別にも言えると思うのです。

鳥取県条例では「人種等を理由として行う不当な
差別的取り扱い、差別的言動」を禁じ
「『人種等』とは人種、民族、信条、性別、社会的身分、
門地、障害、疾病、性的指向をいう。」と
高らかに宣言していますが(資料編参照)
社会全体の中に、特定の人種やら民族やら信条やら
(以下略)・・・の人々を、疎んじる空気、がある限り
彼らを差別したり中傷したり傷つけようとする
言説は、なくならないのではないかと思います。

つまり・・・差別というのは、本来的に、人間の心の中の
出来事であって、それを法律で禁じたり罰したり
・・・ということが、可能なのか、どうか・・・。
そのように思うのです。
人間の心の中の出来事・・・なにをどう考えるか
なにを好み、なにを嫌うか・・・という
嗜好や志向(べつに洒落じゃありませんが!)を
法律で変えよう・・・変えられる、という発想は
なんだかグロテスクじゃないでしょうか・・・?

どうしても法律で・・・と発想した結果が人権擁護法案
なのであり、だからこそ同法案はグロテスクなのだと
思います。


そしてもうひとつ、今度は別の角度からの感想を。
ネットは匿名の世界です。
そこでは「剥き出しの自由」が謳歌されています
・・・今のところ。
その結果、凄まじいことになっている・・・
(たとえば、死体やレイプの映像さえ手に入ったり
 自殺同行者を募集したり、殺人依頼を請け負う
 サイトが現れたり・・・)
と、聞きます。
そうした「剥き出しの自由」の蔓延と、昨今の
政府や政権側からの自由を規制する一連の動き・・・とは
おそらく無関係ではないのでしょう。

自由・・・と話を広げると広がりすぎてしまいますから
差別や人権の問題に的を絞ります。

人間は、たとえば匿名性を帯びるなどして
「剥き出しの自由」を手に入れた場合、匿名でない
場合に比べて、より差別的だったり、攻撃的だったり
するのでしょうか?
私には証明する手段がありませんが、直感的に
YES、と思うのです。
冒頭に紹介した中央日報へのコメントをした人は
もし、本名で、知人友人親戚らが見守る中でも
同じことを言えるでしょうか?
たぶん、言えないと思います・・・。
匿名だからこそ、「自由」に、発言できたのでしょう。

自由に・・・正直に・・・。
ネットという世界の中では、より正直に、より過激に
なるという傾向が、確かにあると思います。
そして多くの人々がネットというツールに出会い
より正直に振る舞った結果、ネットの中(の一部)では
目を覆いたくなるような酷い言説が飛び交う事態も
起きている・・・そういうことだと思います。

作用には反作用・・・。
自浄作用という言葉もありますが、完全に自由な
世界では、もし行き過ぎがあれば、それに反発する力も
自然と起きてくるはずです。
もし、Aという人物や集団に対して差別や中傷をする
サイトなり発言者がいたとして、それを目にした
その他大勢が、その発言が行き過ぎだと思えば
放っておいても、この差別発言への批判的な発言が
出てくるはずです。
ネットでの言論の規制に反対する人々は、おそらく
そうした自然の成り行き・・・反作用、自浄作用・・・を
重視する立場なのだと思います。

しかしこれは結局、数の論理に行き着くのですよね・・・。

ネット上の言論の大勢は、極めて公明正大に
つまりは民主主義(=多数決)的に、決まるのだと
思います。
その発言に共感する人が多ければ、アクセスが増え
引用やトラックバックも増え、その結果ますます
アクセスが増える・・・というように。
それはどこか市場経済の仕組みにも似ています。

完全に自由な市場経済では、貧者はますます貧者と
なる・・・はずで、だから政府が生活保護の仕組みを
作ったりするわけですが、ネットの世界でも
放っておけば弱者はますます弱者となる・・・でしょう。
この場合の弱者とは純粋に数が少ない人々
・・・マイノリティ・・・でしょう。
人権擁護法案で保護しようとしている人々
「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、
疾病、性的指向」を見ると、性別を除けば、なるほど
マイノリティなのだ・・・と納得しました。
まあ、もともと、差別とは、多数派から少数派への
(非好意的な)眼差しを言うわけですから、当然と
言えば当然なのかもしれませんが。

人権擁護法案への反発の最大の動機は言論の自由を
制限しかねないところにあると思うわけですが
その「自由」の中身とはなにか・・・ということを
つきつめていくと、社会の多数派 VS 少数派 の
綱引きが、背後にあるように、思えてくるのです。
本来、言論の自由、とは、社会の少数派が自らを
守る砦として頼りにしていたものだと思うのですが
ネット界に注目する限り、逆の文脈で使われている
現状があるように思います。

そこがなんとも、面白い・・・というか
現代という時代を表しているのだろうと思いました。


この項・・・やはり難しいテーマで
長く書いたのにもかかわらず、私自身がまだ核心を
つけた、と思えません。
別の機会に、再挑戦するかもしれません(苦笑
posted by 水無月 at 04:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内(法律) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人権擁護法案について(資料編)

平成十七年十月十二日・・・
鳥取県で人権侵害救済条例が可決されました。

@報道・・・。

(中国新聞 10・12)

初の人権条例が成立 鳥取県議会

 人種差別など人権侵害からの救済や予防を掲げる鳥取県人権侵害救済条例が12日、県議会で可決、成立した。

 都道府県が全般的な人権侵害救済を目的に独自の条例を制定するのは初めて。行政サイドの判断で“加害者”の氏名を公表、社会的制裁を加える内容だけに、県弁護士会などは恣意(しい)的な運用を懸念。採決に先立ち、片山善博知事は「どうしても最後まであいまいな表現が残る。運用を間違えれば人権侵害が起こるので、議会やマスコミがチェックしなければならない」と答弁した。

 政府が自民党などの異論を受け、先の通常国会などで提出を見送った「人権擁護法案」の呼び水になるとの指摘もあり、今後の国会審議に影響を与えそうだ。

 来年6月1日に施行され、2010年3月までの時限条例。人種差別や虐待、名誉や社会的信用を低下させるためのひぼう・中傷、セクハラなど8項目を禁止している。



A人権擁護法案の問題点について・・・(反対派主張より)。

人権擁護(言論弾圧)法案反対!

道端鈴成日記 人権擁護法案


付記 人権擁護法案反対運動について・・・。

音極道茶室 人権擁護法案ポジションMAP


B法案の中身について・・・。

人権擁護法(案) 法務省資料

人権擁護法案に関するQ&A 法務省資料

人権擁護法 Wikipedia


鳥取県人権条例要旨

 鳥取県人権侵害救済条例の要旨は次の通り。

 【総則】

 一、人権侵害により発生、または発生する恐れのある被害の適正、迅速な救済または実効的な予防措置を講じることで、人権が尊重される社会の実現に寄与することを目的とする。

 一、この条例において「人種等」とは人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病、性的指向をいう。

 一、何人も次に掲げる行為をしてはならない。

 (1)人種等を理由として行う不当な差別的取り扱い、差別的言動

 (2)特定の者に対して行う虐待

 (3)特定の者の意に反して行う性的な言動や、性的な言動を受けた者の対応により不利益を与える行為

 (4)特定の者の名誉や社会的信用を低下させる目的で公然とひぼう、中傷し、または私生活の事実、肖像などの情報を公然と示す行為

 (5)人の依頼を受け、報酬を得て、特定の者が有する人種等の属性に関する情報で権利・利益を不当に侵害する恐れがあるものを収集する行為

 (6)身体の安全や生活の平穏が害される不安を覚えさせるような方法で行われる著しく粗野、乱暴な言動を反復する行為

 (7)人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に不当な差別的取り扱いをすることを助長・誘発する目的で、当該不特定多数の者が当該属性を有することを容易に識別できる情報を公然と示す行為

 (8)人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対し、当該属性を理由として不当な差別的取り扱いをする意思を公然と表示する行為

 【委員会】

 一、人権侵害救済推進委員会(5人・非常勤)を設置。委員は人格が高潔で人権に関し高い識見や豊かな経験を有する者から議会の同意を得て知事が任命。任期は2年で再任できる。

 一、委員は公平、適切に職務を遂行しなければならない。職務上知ることができた秘密を漏らしてはならず、職を退いた後も同様とする。

 一、委員会の議事は、出席者の3分の2以上の多数で行う。

 一、救済措置や是正勧告などの内容を、知事を経由して最初の議会に報告しなければならない。

 【救済手続き】

 一、本人が人権侵害の被害を受け、受ける恐れがあるときは、委員会に救済や予防の申し立てができる。本人以外の者は通報することができる。

 一、委員会は調査の必要があると認めるときは、関係者に事情聴取、質問、説明、資料や情報の提供など必要な協力を求めることができる。

 一、当事者は正当な理由がある場合を除き、調査に協力しなければならない。

 一、行政機関は協力要請に応じることが犯罪の予防、鎮圧、捜査、公訴維持、刑の執行など公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼす恐れがあることにつき、相当の理由があると当該行政機関の長が認めるときは、要請を拒否することができる。

 一、協力要請を受けた行政機関は、事実の存否を答えるだけで公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼす恐れがあるときは、事実の存否を明らかにせず要請を拒否できる。

 一、委員会は被害者に助言などの援助をし、加害者に指導する。

 一、生命や身体に危険を及ぼす行為、公然と繰り返される差別的言動など重大な人権侵害が現に行われるか行われたと認められ、救済や予防の必要を認めるときは、加害者に勧告や研修参加の勧奨などの措置を講じる。

 一、加害者が正当な理由なく勧告に従わないときは、その旨を公表できる。勧告や公表を行うときは、弁明の機会を与えねばならない。

 【罰則】

 一、委員が守秘義務に違反した場合は1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。

 一、正当な理由なく調査を拒み、妨げ、忌避した者は5万円以下の過料に処する。

 【適用上の配慮】

 一、何人も申し立てをしたことを理由に不利益な取り扱いを受けない。

 一、条例の適用に当たっては報道機関の報道・取材の自由など表現の自由を最大限に尊重し、これを妨げてはならない。

 【付則】

 一、条例は2006年6月1日から施行する。2010年3月31日までに延長などの措置が講じられないときは、同日限りで効力を失う。


posted by 水無月 at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内(法律) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月12日

共謀罪(衆議院2/3制覇がもたらすもの)

今国会に「共謀罪」が提出されているようです。
「共謀罪」新設を閣議決定…3度目の国会提出へ】。
共謀罪】とは・・・【法務省作成Q&A】 VS 【自由法曹団】。

法務省の説明によれば、平成12年11月
「国際組織犯罪防止条約」が採択されたそうで、これに
加入するためには国内法の整備が必要なのだそう・・・。
(国際的に「直せ!」と言われても放置されている
 条約や勧告はほかにもいっぱいあったような気がするの
 ですが、なぜこればかりをそんなに急ぐのでしょう?)
しかも同条約で求められているのは組織的国際的犯罪への
法整備なのに、法案ではそこが明記されず
どんな国内団体であろうと、「組織的犯罪」を「共謀」
したらば逮捕可能という大らかさ・・・。

政府に批判的な活動団体が自然と萎縮せざるを得ない
・・・仕組みです。
現行の刑法は、当人が犯した行為について罪を問う・・・
のが基本の発想。共謀罪は、共謀・・・つまり相談した
段階で犯罪要件を構成してしまうわけで、そこが
根本的にこれまでと異なるのです。
日弁連】(弁護士組織)が、思想の自由に反する、と
反対するのも然り。

もうひとつ怖いのは、この罪は共謀という個人の
心の中の「罪」を問うため、おのずから適用は曖昧に
ならざるを得ない・・・ことで
たとえば、「学校が面白くない! 火事にでもならない
かな〜! お前やってみろよ♪」程度の冗談は、誰でも
一生に数度程度(?)は遭遇するはずで、厳密に
共謀罪を適用すれば、ほとんどの人が有罪なわけです。
しかし実際には、その程度では逮捕されないでしょう。
そんなことをすれば刑務所が溢れてしまいますし
それこそ税金の無駄遣いですからね。
けれども中には、適用される人もいる、のです。
それは確実にいるでしょう・・・。誰か?
政権や政府に批判的な言動を公にしている人です。

政権や政府に批判的な言動をする人・・・たとえば
靖国参拝で裁判を起こす人や、沖縄基地返還を訴える人
あるいは、政府首脳のスキャンダルを追うジャーナリスト
・・・などが、居酒屋の冗談程度で共謀罪を適用され
今後は逮捕される可能性があります。
少なくとも、そうした可能性を考慮に入れつつ、生きて
ゆかなくてはならないでしょう。

政府や政権に批判的なことを公にしない・・・か
居酒屋で酔っ払っても冗談は言わない・・・か、の
人々しか、共謀罪成立後は社会人として生き残れなく
なるかもしれません・・・。となれば
人間誰しも家族を背負って生きているわけですから
そうした、政府や政権に批判的であることのリスクが
大きすぎる社会では、自然と、自らの問題意識に蓋を
しておこう・・・と考える人々が増えてゆくはずです。

要するに、共謀罪は政府や政権側にとって一種の武器と
なりうる曖昧さを(わざと)有しており、その武器を
誰に向けて使用するかは「彼ら」の恣意に任される
という点が恐ろしく重要なのです。
大部分の人々は、直接にこの武器で傷つけられること
なく一生を終えるでしょう・・・が、社会の「一部」の
人々は攻撃を受けるかもしれません。・・・合法的に。
そしてそうなった際のダメージは、社会全体に波及する
・・・という怖さです。


犯罪は、その行為によって罰せられるべきです。
頭の中で考えたり、誰かと相談したり・・・すること
まで、罰してはいけません。
政権批判も同様・・・。
政府や政権を批判しても肯定しても、そのことでなんの
不利益も利益もない・・・状態での意思表示、こそが
大事なのだと思います。
そういう意思表示ができること・・・が、真の自由
というべきものでしょう。
私は、そうした意思表示を阻む動き・・・には反対の
立場です。


それにしても・・・(汗
マスメディアには、郵政民営化・・・のように、これまで
散々話題になり、国民の大部分がその内容を(不確かでも)
理解していて、どう決着がつくか・・・までわかっている
ような法案より、こういう隠れた法案の存在をもっと報道
して欲しいものです・・・。


付記 上記記事中に一部誇張表現があります(汗
 【続・共謀罪】もあわせてご覧ください。
posted by 水無月 at 02:30| Comment(0) | TrackBack(1) | 国内(法律) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月11日

ノーベル平和賞・・・あれこれ

ノーベル平和賞は国際原子力機関(IAEA)と
エルバラダイ事務局長へ・・・。
日本原水爆被害者団体協議会と同代表委員山口氏・・・は
有力候補と言われていたらしいですが惜しくも選に漏れ・・・。

それに関して新聞上で、次のような記事を見ました。
(中日新聞10日朝刊 ネット上のソースなし)
日本の同団体が受賞を逃し続けている原因は

 @ 同団体の対米強硬姿勢
 A アジア諸国からの反感

対米強硬姿勢には心情的に賛同しますので、それが原因で
平和賞がもらえないなら、べつにいいじゃない、とも思う
(賞のために対米追従姿勢を取って欲しくないので)
わけですが、問題はA・・・。

新聞によれば、「アジア」では、「原爆は日本への天罰」
的な見方があり、それが反核運動の同地域への広がりを
抑制している・・・現状があるのだとか。
あまり掘り下げる元気もないのですが、気にかかったのは
事実です。

 @「アジア」って中韓北以外にも?
 A天罰・・・とはどういう意味?
  日本は原爆を落とされるに値するほどの加害行為を
  していた、という意味?
  加害行為の真偽はともかく、そう信じる人々が世界の
  どこかにいる・・・ということ。これは事実なのでしょう。
 Bそう思う人々がいる・・・という報道を
  日本ですべきなのか、そうでないのか・・・。

そんなようなことを、考えさせられました。
posted by 水無月 at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(時事) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月06日

アル・ジャジーラとライブドア

【livedoor ニュースで「アルジャジーラ」からの
 提供記事を10月3日より独占配信開始】
http://www.news2u.net/NRR20058428.html


 livedoor ニュースでは、読者に多角的で幅広い視点
 からニュースを提供することをコンセプトに、これまで、
 毎日新聞、時事通信、共同通信、スポニチ、日刊ゲンダイ
 などの全国紙、大手通信社、スポーツ紙、夕刊紙といった
 大手ニュースメディアから提供される記事や、朝鮮日報、
 琉球新報、しんぶん赤旗、公明新聞といった海外紙・地域紙、
 政党機関紙など、約40に上る多種多様なニュース提供元
 からの記事配信を通じて、月間1億PV規模のアクセス数
 にまで成長してまいりました。

 今回新たに、欧米発のメディアとは一線を画したアラブ発の
 視点が注目を呼び、中東を代表するニュースメディアとなった
 「アルジャジーラ」より、ニュース記事の提供を受け、
 日本語に翻訳のうえ独占配信を開始することとなりました。


ニッポン放送騒動の際の言動を思い浮かべると
堀江氏のやりたがっていたこと・・・のイメージが
やっとわかってきた・・・ように思いました。
つまり、大手メディア(代表はTV・新聞)が自明のこと
(であり、かつ同時に既得権でもある)として行っている
価値判断(彼ら自身が言うところの「良識」)を放棄し
または唾棄する・・・こと。
なるほど、それなら確かに堀江氏の敵は規制であり
規制緩和を是とする新自由主義との相性は良いはずです。
だから小泉自民党とも通じうる・・・わけで。
あ、そうか・・・と納得した次第(笑

おそらく堀江氏にとって、アル・ジャジーラが反米メディア
であることは、大した意味を持たないのでしょう。
意味があるのは、日本国内ではまだ、希少なニュース・
ソースである・・・ということ。
水が低きに流れるように、あくまでも利用者のニーズに
忠実に、その触手を伸ばしているのです。
「しんぶん赤旗」と「公明新聞」を同列に並べている
ところに、その「ニーズに忠実」原則の無色透明さが
表れている・・・ように、私には思えました。


ニーズに忠実・・・は、簡単に言えば、利用者の欲望
に忠実・・・ということでもあるでしょう。
欲望・・・から、エロサイト・猟奇サイト・・・と連想して
いけば、堀江氏が規制緩和論者となる必然性が見えて
くるはずです。

一方で、新自由主義政策を推し進めているはずの小泉
自民党は、人権擁護法案などを準備し、国民生活レベル
では、新たな規制を持ち込もうとしています・・・。
このあたり・・・の矛盾・・・。

政治の欲望に比べれば、マネーの欲望など可愛く見えて
くる・・・から、不思議なものです(苦笑


ちなみに、堀江氏がネットの世界で成功し、富を築いた
ネット時代の申し子・・・であることは、偶然ではないと
思います。
なぜなら、まさにネットこそが、無名(匿名)だけれども
無数に存在し、カテゴライズすることすら困難な、その
利用者達のニーズ(欲望)によって運営されている世界
・・・だからです。
(たとえば、犯罪者の実名、遺体の写真・・・のような
 過激だという良識的判断から既存の大手メディアでは
 報道されることのない情報が、ネットではどこから
 ともなく流出する・・・という例を思い出してください)

つまり、ネットの世界・・・こそが、規制緩和の最先端
にある、新自由主義を(仮想的ですが)実現した世界・・・と
捉えることもできるでしょう。
そうであれば、ネット・ユーザーとはみな、潜在的に
規制を嫌い、自由を信望する・・・ネオ・リベラリストの
資質を備えている・・・と、言えるのかもしれません。
posted by 水無月 at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月04日

在日問題・・・の入り口で

※原文は2005年09月28日に書いたものです

以前拝見した、とある日記に、非常に印象深い記述がありました。
要約すると、在英日本人である日記の作者に
パブで隣り合った人が「おれ在日なんだ。」と言う。
現に英国にいるのに、「在日」のおかしさ・・・。
「在日がアイデンティティになっている」というわけです。

在日がアイデンティティになっている・・・ということの重大さが
今日ようやく、わかったように思いました(遅いです 汗)。
先日読んだ『嫌韓流』・・・その中に、日本を一軒の家に喩え
在日はそこに住む居候なのだ、とするくだりがあります。
在日が支払う税金は、いわば飯代のようなもので、それだけ
では十分でない。居候が居候でなくなる(=参政権を得る)
ためには帰化(日本籍の取得)が必要・・・という論理です。

一方で私は、たまたま昨日、在日の方からメールを頂きました。
そこに書いてあったこともまた、非常に印象深い・・・。
メールは私信ですから詳細は明かせませんが、要するに彼女は
朝鮮人であることは自分のアイデンティティの一部だ、と書き
「なに人」・・・という括りでなく「人間」として付き合うことが
理想だと考えている・・・とわかりました。

『嫌韓流』・・・の家の喩えから、私は、それがどの程度の
広がりを持つかは別にして、少なくとも日本人の一部は
在日(韓国・北朝鮮)の人には、半島へ帰って欲しいと
思っている・・・のだと感じました。それが本音なのだ・・・と。

しかし在日の人々の立場に立てば、いまさら帰れない
・・・という現実があるのでしょう。
生活の基盤は日本にあり、親戚の多くも日本に住み
二世、三世ともなれば朝鮮語も覚束ない・・・に違いありません。
帰れない・・・。
帰れる人々は、戦後の帰郷政策でとうに帰っているでしょう
から、今残っている在日の人々は、帰りたくても帰れない
・・・戦後60年の今では、帰ろうと思っても帰れない・・・人々に
違いないのです。

帰れない・・・だから日本へ置いてください、という態度を
日本人は内心で望んでいるのかもしれません。
けれども在日の人々は「置いてください」と言う代わりに
「戦時中に『強制連行』されたのだから・・・云々」と言う。
強制連行・・・来たくないのに連れてこられた・・・という言説は
帰れない・・・帰りたくても帰れない・・・現実と奇妙に重なって
いるようにも思えます。

強制連行の有無・・・は、本日の主題を越えるテーマですから
ここでこれ以上述べることは控えます。
ただ、在日の人々にとっては、強制連行という物語が必要
だったのだろうかと、ふと、思ったまでです。

それはともかく・・・。
少なくとも現状では、帰化するまで参政権は得られない。
帰化して日本人となるか、外国人として生きてゆくか、の
二者択一・・・。
在日の人々は次第に帰化し、数を減らしてゆくのでしょうか。
しかし今の在日の人々が、日本に永住権を持つ朝鮮民族だ
というアイデンティティを持っている以上、帰化すれば
それで済む・・・という問題なのだろうか・・・とも思うのです。

帰化・・・すれば、それはもしかしたら、日本国籍を持つ
朝鮮民族・・・を増やす結果になるのでは? と。

自分がどの民族か・・・というアイデンティティは
どの程度強固なもの・・・なのでしょうね?
一見して区別がつかず、言語も日本語ということならば
帰化後の朝鮮民族の人々は、やがて日本文化の中に吸収され
薄れ、消えてゆくのでしょうか・・・?
それとも、たとえばイラクのように、ユーゴスラビアのように
何年経っても何世代隔てても・・・彼らは朝鮮民族である
というアイデンティティを保ち続けるのでしょうか・・・?

そういえば、日本は単一民族からなる国家である・・・と
言って、物議を醸した政治家がいましたね。
日本は決して単一民族からなる純血種ではない・・・でしょう。
(アイヌ民族や琉球民族がいます)
しかし国民の圧倒的多数が日本民族(という自覚を持つ人々)
である・・・ことは、確かだと思います。
そこへ、自らは朝鮮民族である・・・と思う日本人(日本籍を
持ち参政権を持つ人々)が徐々に増えてゆく・・・としたら?

日本はこうして、名実共に明らかな多民族国家へと変わって
ゆくのかもしれない・・・と、今日、思いました。
アメリカの例を見ても、人種差別など多民族国家の運営は
難しいものでしょう。
難しい・・・としても、それが現実なら、避けて通ることは
できません。
在日の人々が国籍を取得したあとにこそ、先のメールに
あったように、「人間」として付き合えるかどうか・・・が
日本社会に鋭く問われるような気がします。

データ・・・(約10年前のもの)
 在日の人々の人数・・・
  日本国籍を持たない・・・65万人
  日本国籍を持つ者も含め在日一世の子孫・・・200万人以上
 http://www.han.org/a/faq/faq006.html

 民族意識・・・
 「日本」に愛着を感じる・・・・73%
      愛着を感じない・・・7%
 「韓国」に愛着を感じる・・・・38%
      愛着を感じない・・・24%
 http://www.han.org/a/faq/faq021.html

在日の問題に関しては、私自身が関心を抱き始めたばかり
であり、至らない記述も多いと思いますが、ご容赦ください。
もしご意見などありましたらコメントにてお願いします・・・(汗


※補記 2005年09月28日19:15 水無月

読み直すと、論点が曖昧でわかりにくいですね。
在英「在日」、居候の喩え話、在日の人のメール・・・の三例から
私が問題にしたいと思ったのは要するに次のことです。

日本人は在日の人々に半島帰国か、日本帰化かの選択を迫る。
朝鮮民族なら帰国、日本人となるなら帰化。
しかし在日の人にとって朝鮮民族であることがアイデンティティ
の一部であるなら、帰化=日本人となる(同化)、は
日本人側の幻想にすぎない、と言える。
逆に、日本人側は、日本の多民族国家化を嫌がっている、と
いう現状があるようにも思いました。帰化イコール同化
という幻想の裏側には、そうした日本人の本音が隠されている
のかもしれません。
左派=国際化推進、右派=愛国(国粋化尊重)・・・という
図式とも、綺麗に重なります。



posted by 水無月 at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国・朝鮮・在日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『嫌韓流』を読んでみた

『嫌韓流』とは・・・。(クリックでアマゾンへ→)   
【ネット上で数年前から巻き起こってる“嫌韓”というムーヴメント。
 その嫌韓をテーマにし、日韓関係、韓国、韓国人についてマンガという形で正面から切り込んだのが、本書である。
 各出版社から過激すぎると、出版拒否された問題作「嫌韓流」。
 2005年7月、約2年の沈黙を破ってついに解禁。】←出版社側コメント。

口コミで30万部売れた・・・とか、アマゾン予約第一位
・・・とか、朝日新聞はこの本が売れてから売上ランキングに
漫画を載せなくなった・・・とか、周辺の話題が賑やかな本。

注文までの感想と読後のレビューとをまとめてみました。



2005年09月23日01:38 『嫌韓流』

ネットをプラプラしていて本を注文。
そのうちのひとつが『嫌韓流』・・・でした。
mixiレビューを読んでいたら読みたくなったので。
・・・というか、読むの遅い?(汗
私は『ゴーマニズム・・・』も読んでないです。
これは書店で手に取った時、読む気になれなかったから。

例の小泉ショックを克服するため
あちこちのサイトを覗いたわけですが、その結果
キーワードのひとつが「嫌・中韓」ではないか・・・と
実感したのです。それで・・・ですね。

まあ、読んでみたらまた感想を書こうと思います。
それにしても「嫌」というのがまた微妙な・・・(笑
「反」じゃない・・・というのをどう理解すべきか。
難しい・・・。



09月26日 09:04 レビュー

漫画なので読み易かった・・・という意見が出ていますが
個人的には、漫画なので読みにくかった・・・部分も(汗
絵が下手・・・云々ではなく、主人公側は美しく、対する
在日韓国人や「プロ市民」は醜く・・・描かれているから
最低でも、その視覚から受ける印象を割り引いて読まなきゃ
ならない・・・でしょう? そこが面倒でしたね(笑

史実として、資料として引かれている部分・・・は
これを知らなかった人には、知る価値があると思います。
日韓基本条約や在日の人々の歴史、違法コピーなど・・・。

逆に、韓国側がなぜ反日となるか・・・の説明を
儒教思想、小中華思想、火病・・・など、民族固有の
心性に帰す論法・・・は、一方的であり、説得力を
欠いていると思いました。
現在の韓国政府の立場(政策)が描かれていないのも
乱暴で片手落ち・・・かも?
民族固有の心性に帰すのは、作者山野氏の考えであり
ひとつの意見にすぎない・・・という(一歩引いた)姿勢が
読者には求められるような気がします。

コラムの中では大月氏の「自虐と嫌韓」が、面白かったです。
この「嫌韓」もまたブームのひとつである・・・と冷静に見る
視点が私好み・・・(笑
「メディア・リテラシー」という言葉が本書に登場しますが
そうであるならば、本書に対しても同じ能力が試される
・・・というのは自明の理なわけで、その本書が
「これこそ真実!」と言っては自己矛盾する・・・(笑
そこを上手に突いてくれるコラムだと思いました。
どなたかも書いてましたが「韓国に誇れる文化がない」も
おかしい。これは山野氏の個人的見解でしょう。
そういう、おかしさをおかしさと見抜けるかどうか・・・ですね。

マスメディアの偏向、左派やインテリの親中韓北ぶり
・・・などは、なるほどなぁ・・・と納得。
(既に知っている内容でも具体的に例を出されると
 より納得できる・・・という意味で)
けれども、なぜそうなるのか・・・が、私の知りたいこと
なのですが、そこまで踏み込んではくれていませんでした。
(大月氏のコラムでも隔靴掻痒の感・・・)
自分なりに答えを見つけるしかない・・・という、結論は
当たり前のことで・・・。
その資料としての価値(対値段)・・・で星は評価して
みました。

星五つが最高・・・☆☆☆☆
posted by 水無月 at 03:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 中国・朝鮮・在日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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