2006年02月07日

ペンは剣より強いか(風刺画問題)

ムハンマドの風刺画に端を発する「表現の自由」騒動に関する一文です。いまや世界中に伝播しましたね。
まずはじめに、現時点までの事件の経過をまとめてみます。主なソースは【Google NEWS】で検索できた日本語新聞です。


2005年9月30日
 デンマーク保守系有力紙ユランズ・ポステンが「表現の自由」についての記事と共にイスラム教預言者ムハンマド(モハメッド、マホメットと表記されることもある。キリスト教のイエスに相当)の風刺画を掲載。
 導火線のついた爆弾の形をしたターバン姿のムハンマドが描かれたもの(イスラム教では偶像崇拝を否定しており、ムハンマドの肖像は特に重い禁忌となっている。今回は異教徒の行為、しかも戯画化ということで、イスラム教への冒涜と同教徒らは受け止めたようだ)。

  10月上旬
 デンマークのイスラム教徒団体が抗議声明。

2006年1月5日
 デンマークのムラー外相とムーサ・アラブ連盟事務局長が電話協議。

(この頃まで)デンマーク政府は抗議を静観。

  1月10日
 ノルウェーキリスト教系誌マガジネットが風刺画を転載。

  1月25日
 サウジアラビア宗教界最高権威「大ムフティ」が、デンマーク政府に対し、ユランズ・ポステン紙の処罰を求める。

  1月26日
 サウジアラビアが駐デンマーク大使を召還。

  1月末
 中東諸国でデンマーク商品不買運動広がる。(期日未詳)民間レベルでもデンマーク国旗を燃やすなどの抗議活動が発生。

  1月29日
 リビアが在デンマーク大使館を閉鎖。

  1月30日
 パレスチナ自治区ガザで武装グループが欧州連合(EU)事務所を包囲、謝罪要求。

 ユランズ・ポステン紙編集長が謝罪。「掲載した風刺漫画はわが国では法律違反ではないが、多くのイスラム教徒の心を傷つけた」

  1月31日
 ユランズ・ポステン紙に爆弾を仕掛けたと脅迫電話。社員一時避難の騒ぎ。

  2月1日
 仏紙フランス・ソワールが朝刊で風刺画転載。社説で「漫画には犯罪性や差別的な意図はない」と主張。
 独の保守系有力紙ウェルトが1面で漫画転載。「西洋では風刺が許されており、冒涜する権利がある」「民主主義とは言論の自由を具体化したもの」と主張。

  2月2日
 フランス・ソワール紙のエジプト系フランス人社主ラカ氏が謝罪。同紙編集局長を更迭
 ノルウェーがヨルダン川西岸の代表部を閉鎖。
 英BBC放送が風刺漫画を放映。

   〜2日
 シリアがデンマーク大使召還。

  2月3日
 ラスムセン・デンマーク首相がイスラム教国などの駐コペンハーゲン大使と会合。「新聞社はより明確な形で謝罪すべきだが、政府の謝罪はあり得ない。表現の自由は最重要の原則だ」との同首相に対し、出席したエジプト大使は「デンマーク政府は事態改善のために何らかの手を打つべきだ」

 フランス有力紙ルモンドが、「私はムハンマドを描いてはいけない」というフランス語の文を縦、横にたくさん書いて、全体としてムハンマドとみられる人物の顔が浮き彫りになる漫画を1面に掲載。社説にて「イスラム教徒にはムハンマドを風刺した絵はショックかもしれないが、民主主義においては、人権を踏みにじるケースを除き、言論を取り締まることはできない」と主張
 フランス・ソワール紙の編集局長解任について、同国のジャーナリスト組合が解任を非難する声明を発表。サルコジ内相は「行き過ぎた検閲より、行き過ぎた風刺の方が望ましい」と表現の自由を尊重する立場を表明。
 同国カトリック教会のリヨン大司教は2日、AFP通信に「イスラム教徒が受けた傷は理解できる」と発言。フランス司教協議会は「表現の自由には個人の信仰への敬意が伴うべきだ」と発言。
 同国ドストブラジ外相は、「(ムハンマドを)過激派やテロリストかのように描くのは異常」としながらも、抗議行動の中で同国旗が焼かれたことは「容認できない」と不快感を表明。

 国連教育科学文化機関(ユネスコ、本部パリ)の松浦晃一郎事務局長が「表現の自由と、宗教上の信念の尊重という2つの原則が対立する状況を生み出さないよう訴える」と声明を出す。

 デンマーク紙から転載したノルウェーの新聞編集者がロイター通信に「掲載を後悔している」と語る。掲載以降、殺害を予告するような脅迫状が多く送られてきたといい、「こんな状況になることが分かっていれば掲載しなった。表現の自由をあきらめることを考えればぞっとするが、もうたくさんだ

 アメリカ国務省のヒギンズ報道官は欧州各紙について、「このようなやり方で宗教的、民族的な憎悪を煽ることは受け入れられない」と批判。
 マコーマック米国務省報道官は「漫画は(イスラム教徒にとって)侮辱的だ」と述べ、イスラム教徒に同情的な立場を示す。イスラム世界での反米感情の緩和を期待する思惑か? 米国の主要紙は風刺画の掲載を見送っている

 風刺画作者十二名のうち四名が匿名でインタビューに応ずる。これによればユランズ・ポステン紙は、メディアがイスラム教に遠慮して自己検閲をしていることに抗議する目的として、風刺画の作製を依頼したらしい。四名は同紙に関し「扇動的な反動主義者の集団」と非難。一方で「風刺画に対する暴力的な反応は、表現の自由がいかに大切かを知らしめる効果があった」。

   〜3日
 欧州7カ国紙(フランス、スペイン、イタリア、オランダ、スイス、ドイツ、チェコ)が風刺画を掲載。
 欧州連合(EU)は、デンマーク製品不買運動が起きているサウジアラビアに対し「運動を助長すれば世界貿易機関の規定に抵触する」と警告。
 ロシアでイスラム教団体が欧州の相次ぐ漫画転載を非難。
 インドネシア外務省報道官が「言論の自由は、宗教に対する冒涜を正当化することはできない」と批判。
 トルコのデンマーク大使館前にデモ隊押しかける。
 デンマーク政府が国民に対し、中東への渡航に注意を呼びかける。
 ノルウェーがパレスチナ自治区からの一時退去を促す。
 パレスチナの武装勢力が風刺漫画の掲載国へ警告。デンマークへのテロ予告。
 ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区でドイツ人男性が武装したパレスチナ人に一時連れ去られる。
 パレスチナ自治区ガザ、イラク、トルコ、パキスタン、インドネシア、マレーシアでデモが発生。

  2月4日
 ガザでパレスチナ人数十人がドイツの文化センターを襲い、窓ガラスやドアを破壊。欧州連合(EU)関係の施設も投石の被害受ける。
 シリアのデンマーク大使館前に集まった数百人のデモ隊が投石、放火する暴動起きる。ノルウェー大使館も放火された。デンマーク・ノルウェー両国政府は自国民にシリア出国を呼びかける。

 マレーシア英字紙サラワク・トリビューンが風刺漫画を転載。編集長「漫画を批判する記事に作品を添えて、そのひどさを際だたせようとした」。翌5日一転して1面にて編集発行人と論説委員会の共同声明を掲載。「転載するべきではなかった。読者には漫画を無視してほしい」と謝罪。転載について「週末版編集長が独断でやった」。これを受け編集長は辞任。

 インドネシア・ユドヨノ大統領「風刺漫画は人々を宗教によって分断するものだ」と批判すると同時に、「デンマーク側の謝罪を受け入れ、秩序を守ろう」と国内に呼びかけ。
 シンガポールでも閣僚が相次いで欧州メディアの風刺漫画掲載を非難。
 パキスタン外務省が、同国駐在の欧州9カ国の大使を呼び抗議。

 ニュージーランドにて2紙が問題の風刺漫画を転載。翌日抗議デモ発生。クラーク首相は6日、「(政治家は報道を規制するべきではないが)これは報道の自由の問題ではない。風刺漫画の掲載は、我が国の社会や世界の一体化に逆行する」。

(この頃)アナン国連事務総長らが沈静化を呼び掛ける。

  2月5日
 レバノンでデモ隊がデンマーク領事館に放火。数千人が参加か。騒ぎで約三十人が負傷。サバア内相が責任を取り同日辞任。

   〜5日
 ヨルダンで漫画転載した週刊2紙に罰金支払いが命じられ、編集者らにも逮捕状が出される。同国アブドラ国王「表現の自由で正当化できない犯罪」。

  2月6日
 インドネシアで過激派によるデンマーク大使館前など複数の場所で投石を伴う激しい抗議デモが発生。デンマーク政府の公式謝罪を要求した。インド、タイでもデモ発生。

 アフガニスタン国内各地で抗議デモ発生。一部が暴徒化し警官の発砲などで計4人が死亡、19人が負傷(デンマークは同国に展開する北大西洋条約機構主導の国際治安支援部隊に、約百七十人の部隊を派遣している)。

 イランがデンマークとの通商関係断絶とデンマーク記者のイラン入国禁止を発表。「表現の自由には責任が伴う。風刺漫画の掲載を許した国は自国の無責任さを示した
 同国では約400人が漫画掲載への抗議デモを行い、デンマーク大使館に石や火炎瓶を投げ付ける騒ぎ。

 デンマーク政府、中東や北アフリカなどの14カ国への渡航自粛を国民に呼びかける。
 欧州連合(EU)のソラナ共通外交・安全保障上級代表「欧州市民を標的とする暴力や脅迫を強く非難する」との声明発表。

 この日発売予定の米誌ニューズウィークは、ユランズ・ポステンの担当編集者フレミング・ローズ氏との会見内容を掲載。同氏は、ムハンマドを笑いの種にするよう漫画家に頼みはしなかったと釈明した上で、謝罪の意思について「何のために(謝罪するのか)」と否定。新たな火種?




不幸な事態には違いないでしょうね・・・。

事態が錯綜していますが、とりあえず私見としては、掲載したことをあとで後悔する程度の覚悟しかない編集氏・・・には、表現の自由という言葉は口にして欲しくないですね。一方にとってはその程度の重みしかない表現の自由であっても、それを行使した結果、他方では死者まで出してしまう場所が同じ地上に存在するということを、表現に携わる者は片時も忘れるべきではありません。
そうした覚悟の上での表現の自由、でなくて、どうして剣や爆弾に対抗できるでしょう。

その意味では、謝罪を拒否したフレミング・ローズ氏の方がまだ筋が通っていると思います。ただし、氏の主張は本当に、爆弾ターバンの風刺画でなければ主張できないことだったのでしょうか。他者の権利を害することなしには主張できないというのは、そのほとんどすべての場合において、表現側の未熟さによるものだと私は考えています。氏の心意気は立派なものと好意に解釈できるとしても、編集者としての技量が圧倒的に不足していた事実までは隠せません。その謙虚な反省の弁を聞きたいものです。

ル・モンド紙の見識には流石に成熟したものを感じました。
民主主義においては、人権を踏みにじるケースを除き、言論を取り締まることはできない」
民主主義においては、です。この前置きは深く噛み締めるべきでしょう。
そして民主主義がもはや相対的な価値観でしかない事実を、欧州メディアも、我々ももちろん、忘れるべきはありません。とりわけ米国には、強く思い出してもらいたいところです。
なおイランの発言「表現の自由には責任が伴う。風刺漫画の掲載を許した国は自国の無責任さを示した」に、民主主義でない同国の表現の不自由さが如実に現れていることも、忘れずに記しておきましょう。

最後に、米国の厚顔無恥ぶり・・・。実に堂に入ったもので、吐き気のほかはなにも感じられないほどです。
「このようなやり方で宗教的、民族的な憎悪を煽ることは受け入れられない」
「漫画は(イスラム教徒にとって)侮辱的だ」
米国がイスラム諸国に「自由」を輸出するためにした「やり方」の方が侮辱的ではない、という認識なのでしょうか? 空爆の方が風刺漫画よりマシだ、とでも? あれほど「自由」「自由」と叫んでいたのですから、態度はきちんと一貫させてもらいたいものです。米国の信望する「自由」の、なんという浅さでしょう。


デンマーク紙は自国で新聞を発行したのであって、それをイスラム教国の上空からバラ撒いたわけではありません。それでもこれほどの騒動が起きてしまいました。今回の騒動は、表現の自由 VS 信仰の自由、というだけでなく、宗教を相対化する民主主義的価値観 VS 人権を相対化するイスラム教的価値観、の対立をも含んでいると解釈すべきでしょう。互いに自らを絶対視し、相手を相対化しているのですから、和解は容易ではありません。
これをもって「文明の衝突」と呼ぶのであれば、それを解決するのはペンでしょうか、剣でしょうか。今風にいうなら、インターネットなどに代表される情報化圧力でしょうか、それとも武力でしょうか、となるのかもしれませんね。
いずれにせよ、こうした価値観の衝突に由来する同種の事件は、今後も避けられないものと予想しています。人類はそれをどのように克服できるのか、あるいはできないのか・・・注意深く見守ってゆくつもりです。

posted by 水無月 at 10:21| Comment(30) | TrackBack(6) | その他国外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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