2006年06月23日

無能とモラル

 
【姉歯元建築士を偽証容疑で再逮捕 捜査終結へ】朝日
http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20060622/K2006062201780.html?C=S

 捜査本部の調べでは、姉歯容疑者は昨年12月の衆院
国土交通委員会の証人喚問で、初めて構造計算書を偽造
した時期を偽って証言した疑い。偽造の動機についても、
「木村建設の東京支店長から鉄筋を減らすよう、
プレッシャーをかけられた」と証言していた。しかし、
その後の調べに対し「経験したことのない高さの物件で、
計算ができなかった
。失敗したら次の仕事を続けて得る
のが難しくなる」「自分から虚偽の計算を始めたとは
言いづらかった
」などと供述しているという。


木村建設からのプレッシャーがあってもなくても、彼は
いつか偽造をしたでしょう。これが結論というわけです。
そしてその原因は、彼個人の無能とモラルの低さ・・・に
あったということ。

もっともだからといって、木村建設等建設会社、設計元受
総研、あるいはイーホームズや地方自治体等確認機関、に
罪がなかったわけではありません。
彼らの罪は、偽装に気づけなかったこと、もしくは
薄々気づいていたかもしれない場合には、あえて見逃した
こと、です。つまりこれもまた、
無能とモラルの低さ(能率・経済至上主義)・・・でしょう。

この件に関しては、これまでの行きがかり上、絶対に
BLOGエントリを上げないといけないんですが、時間的に
とても書けそうにありません・・・(汗
私も無能でモラルが低い・・・と言われかねない状況の中
せめてこの日記(エントリ)を残しておきます。



それにしても・・・思い返せば、この事件は本当に興味深い
事件でした。
特に姉歯氏という人は私の興味を惹く人物でした。
大昔に三億円強奪事件というのがありましたが
個人で多数の人々、組織、機関にこれほどのダメージを
与えた人物・・・というのは、ちょっと思い出せません。
いえ、そういう例もきっとあるのでしょうが、その理由が
なにか特に遠大な目的というわけでなく、単に個人の
無能とモラルの低さ、にあった、というケースはなかった
ような気がします。

無能自体は罪ではないはずです。
無能ということを内外に認めることができれば。
もっとも、モラルの低さ・・・の方は、一筋縄ではいきません。
個人のモラルは、概ね、社会全体のモラルに影響されます。
周囲のモラルが低い中では、高い志を持ち続けることは
時に大変困難でしょう。このあたり(だけ)が、彼や
関係者に唯一同情可能な点かもしれません。

日本社会全体のモラルも問われている・・・という意味で。




姉歯氏個人、あるいは関係者の無能やモラル・・・が
招いた事件でしたが、その背景には建築行政や
設計基準そのものに関わるような、巨大すぎる問題が
潜んでいた、こともすでに明らかとなっています。

  ※参考
   【耐震強度偽装問題時系列】 (建築よろず相談 さん)
    http://www.shou.co.jp/yorozu/naibu/gisou.htm

   【2ch::強度偽装事件 watch】 (u92 さん)
    http://u92.s172.xrea.com/knewsp/

ただ、そうして問題の根を辿っていくと、最後は必ず
「日本社会全体」に突き当たり、そこで手に負えなくなる。
少なくとも私個人には追いきれなくなってしまう・・・。

この事件に関してはいくつものエントリを上げましたが
そうしたジレンマを感じ続けていたことを
この機会に記述しておきたいと思います。










 
posted by 水無月 at 03:58| Comment(2) | TrackBack(1) |   ◇耐震強度偽装問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月14日

「自分が犠牲になる寛容の心」の危険(長島議員BLOGより)

 
前回も触れた
 長島昭久 WeBLOG 『翔ぶが如く』
 http://blog.goo.ne.jp/nagashima21
が「北朝鮮人権法案」絡みで燃えている件ですが、少し詳しく書いておきたいと思いました。


簡単に背景を説明しておくと、まず「北朝鮮の人権問題」に関する基本的な、自民、民主両党の考え方の違いがあります。
 自民党 → 拉致問題解決のため経済制裁の法的根拠を整えたい
 民主党 → (人道的見地から)脱北者支援をすべき
両党は2006年6月9日、それぞれ提出していた「北朝鮮人権法案」を一本化することで合意。この法案は今国会で成立する見通しです。

与野党合意した法案の概要は以下の通り。


『拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律案』

第一条(目的)
 北朝鮮当局による人権侵害問題に関する国民の認識を深め
 国際社会と連携しつつ実態を解明し、及びその抑止を図る

第二条(国の責務)
 国は、拉致問題を解決するため、国民に情報提供を求め、また
 自ら徹底した調査を行い、帰国の実現に最大限の努力をする

第三条(地方公共団体の責務)
 地方公共団体は、国民世論の啓発を図るよう努める

第四条(北朝鮮人権侵害問題啓発週間)
 十二月十日から十六日までを北朝鮮人権侵害問題啓発週間とする
 
第五条(年次報告)
 政府は毎年国会に取組についての報告を提出し、公表する

第六条(国際的な連携の強化等)
 政府は、拉致被害者、脱北者、その他北朝鮮当局による人権
 侵害の被害者に対する適切な施策を講ずる
 
第七条(北朝鮮当局による人権侵害状況が改善されない場合の措置)
 政府は、拉致問題その他北朝鮮当局による日本国民に対する重大な人権侵害状況について改善が図られていないと認めるときは、国際的動向等を総合的に勘案し、特定船舶の入港の禁止、外国為替及び外国貿易法による措置その他必要な措置を講ずる



これを見ればわかる通り、第一条〜五条までは、特に問題もないはずですが、第六条が民主党、第七条が自民党の主張を、それぞれ反映しているわけです。


そこで冒頭の長島議員のBLOGに戻ります。要するに
「どうして日本が脱北者支援をしなければならないのか」
という部分で、批判コメントが殺到しているのでしょう。
(長島氏は同法案の民主党側政策担当者のようです)

これに関して長島氏は次々と関連エントリを上げています。
(でもトラックバックは受け付けていないようです)
 【北朝鮮人権救済法案、成立へあと一歩!】2006年06月08日 21時57分00秒
 (BLOG炎上の発端となったエントリ)
 【改めて、北朝鮮人権法の成立を期す】2006年06月10日 14時07分26秒
 (法案の全文をのせ、脱北者支援が金政権崩壊を導く意義を説明)
 【立川市議選始まる】2006年06月12日 12時44分05秒
 (引き続き意義を説明、理解を求める)
 【『北朝鮮人権法案』で考えさせられたこと】2006年06月13日 10時39分28秒
 (寄せられたコメントの中から「kappe@錦」氏の擁護コメントを引用)


さて、やっと本論まで辿り着けた気がします。
最後のエントリのkappe@錦氏の法案擁護コメントを、私は実に興味深く読みました。また同氏のコメントは、(結論は正反対ですが途中までは)私の認識とも共通しています。以下、長島氏BLOGより引用してみます。


・・・前略・・・

拉致問題の究極解決を早期に図るには、つまるところ北の現政権が倒れないと無理だと思います。

 ところが、実際に金正日政権が倒れたら大量難民の発生必至でしょう。なので、大量難民が流入したら困る中韓(中国には、それ以外にも困る理由がありますけど)は、(中韓の現政権が交替し北に対し今より厳しいトップに替わったとしても)北朝鮮のハードブレークダウンは阻止しようとするでしょう。国益上、そうで当然。あくまで中韓は北に対してはソフトな改革を促す路線。

 なので、問題の早期解決のため、ハードブレークダウンを起こしかねない"強い経済制裁"を行うのであれば、日本が、ハードブレークダウン時に大量発生すると思われる難民になにがしかの責任を持つと宣言する必要がある

・・・中略・・・

 ところが、日本は、ここのコメントを眺めていても、どうも「北の政権が制裁の結果仮に倒れたとしても、その後の北の社会混乱に対し責任を取る気なんてない」ように見える。その経済コスト・社会コストに、耐える覚悟がなさそう。

・・・中略・・・

 ...ただ、ねぇ。明治の人、サムライの心をまだ維持した人たちだったらどうかしら?と思うんです。目先とっても苦しくても、問題の早期、かつ究極解決を目指すために、困難に耐える覚悟があったんじゃないかしら、と。多少気にくわない相手であっても、アジアの人のために自分が犠牲になる寛容の心があったんじゃないかしら、と。真の愛国心があったのではないかしら、と。

・・・後略・・・



このkappe@錦氏がどなたかは全く存じ上げませんが、非常に冷静かつ現実的な考え方をする人物だと私は思います。
そしてまた、同氏のコメントに「私がもっとも共感した」との感想を添えて全文引用する長島議員にも、彼が所属する民主党にも、私は改めて強い感慨を覚えたのです。

簡単に述べますと、私は上記のkappe@錦氏コメント引用部分のうち、前半には全く同感です。特に、青字で示した部分は重要な認識だと思います。
はっきり言えば、中韓露は北朝鮮金政権に倒れて欲しくない・・・ということ。
倒れて欲しいと思っているのは、主にアメリカと日本だけなのです。
しかしそのアメリカも、同じような(完全に同じとは言いませんが)人道的趣旨で「倒した」イラクの後始末が未だに終了せず、青息吐息の状態・・・。

北朝鮮へどうやって、誰が(どの国が)、とどめの一撃を刺すのか・・・。これが深刻な問題であることは間違いないと思います。


なお、長島氏BLOGへ寄せられた批判コメントの多くが、脱北者支援への反対意見です。
ここに、これまでの日朝関係や在日問題の影響を読み取るのは容易なことでしょう。
要するに日本国民は(このコメント欄を見る限り)、「脱北者を受け入れたくない」という強い意志を持っているのです。
そして、「拉致問題を解決するためには金政権を倒し、その結果発生するであろう難民も受け入れざるをえない(はずだ)」と考える民主党より、「拉致問題解決には努力するが難民は受け入れない(ことが可能だ)」と考えているらしい自民党を、支持しているわけです。この部分の両党の認識の違いが、そのままkappe@錦氏とほかの批判コメンター達との違いです。それは上記引用部分のうち、緑字で示した箇所でしょう。

ところで、「拉致問題解決には努力するが難民は受け入れない(ことが可能だ)」という自民党の主張は、本当に成り立つのでしょうか。
私は若干の疑念を抱いています。
それが本当にできれば、それにこしたことはありませんし、拉致問題解決に向け、自民党に希望を託す人々の気持ちも痛いほどわかります。しかし結局のところ自民党の最終的な選択とは、「難民を受け入れずにすむギリギリのところまで拉致問題解決に努力する」ということかもしれません。
(とはいえ、本気で拉致問題を解決しようという気迫もないのに、ポーズだけで金政権崩壊=脱北者支援の危険性を語る民主党に比べれば、遥かにマシと言わざるを得ませんが)


そうしていよいよ、kappe@錦氏と私との決定的な違いについて・・・です。
引用の赤字の部分ですね。再引用します。

明治の人、サムライの心をまだ維持した人たちだったらどうかしら?と思うんです。目先とっても苦しくても、問題の早期、かつ究極解決を目指すために、困難に耐える覚悟があったんじゃないかしら、と。多少気にくわない相手であっても、アジアの人のために自分が犠牲になる寛容の心があったんじゃないかしら、と。真の愛国心があったのではないかしら、と。

すでに述べたような拉致問題解決と脱北者支援とのジレンマ・・・を、もはやここでは超えています。
ここで好意的に追想されているのは、「多少気にくわない相手であっても、アジアの人のために自分が犠牲になる寛容の心」です。それがサムライの心だ、と。
拉致被害者でなく、アジアの人のため、に、いつの間にか広がっています。

正直、私はこれを読んで身震いしました。

この「アジアの人のために自分が犠牲になる寛容の心」こそ、日本を「大東亜戦争」へと駆り立てた(少なくとも表向きの)理由だったのではありませんか?
政治家や軍人レベルではない一般の人々は、先の戦争で「日本がアジアを侵略している」とは、思ってなかったはずです。欧米列強の支配から独立を守るため、アジア同士で助け合わねばならない、日本はほかのアジア諸国を守らねばならない、というまさに高潔なサムライの心根から、出征していったのではないでしょうか。
もちろん異論もあるでしょうが、大義名分としては、そうだったと思うのです。

そういえば似たようなことはつい最近、イラクでもありました。
結局のところ、「他国のために自分が犠牲となる寛容の心」という美しい自国イメージこそ、一般国民を戦争賛美へと追い込んでいく「心理的な罠」なのです。

私は、なにがなんでも脱北者は受け入れられない、と反発する膨大な批判コメントの中にこそ、「敗戦から学んだ日本」で暮らす一般国民の「精神の健全さ」を感じました。


もし・・・。
長島氏が、「他国のために自分が犠牲になる寛容の心」に共感を覚え、魅力を感じているのなら、長島氏を政治家として非常に危険だと私は判断します。
同様に、それが民主党内部の一般的な空気であるなら、私は民主党こそ軍国化の危険を孕む政党だと判断します。

「他国のための犠牲」など、他国から散々せっつかれてから、ようやく重い腰を上げる程度で十分なのだと思います。それこそが本当の犠牲です。自ら進んで犠牲になろう、などと言うのは、人でも国でもロクなものではありません。


 
posted by 水無月 at 02:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 国内(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

多民族国家化してゆくのなら

 
民主党・・・長島昭久議員BLOG『翔ぶが如く』がまた
燃えていました。火種は「北朝鮮人権法」・・・。
http://blog.goo.ne.jp/nagashima21/e/06c9870364972e4043c70859c905f932

ちょっとコメント欄を見ただけですが・・・なんとも(汗
私は別のところでたまたま、少子化が移民(の流入)を促す
ことの危険について考えを巡らしていたところでした。

在日コリアン・・・の問題が、戦後六十年を経てなお
穏便に収束していない現実は、やはり大きいのかも
しれません。

なお・・・北朝鮮の金政権が本当に崩壊した暁には
大量の難民が 発生するのではないか、それを引き受け
させられることが あってはいけない・・・とは、以前から
拉致問題に関し、私が危惧している点でもあります。
http://yohaku.seesaa.net/article/9523735.html
同じことを心配している人が上記BLOGのコメント欄にいました。


そういえば・・・愛国心の問題ですが、現実問題として
移民がますます増えてゆくのなら、なんらかの対応も
必要なのかもしれないと思います。
日本で暮らし、日本の教育を受けながら、国籍は日本
でないとか、当人のアイデンティティとしては日本人
でない、と思っている人が、徐々に増加してきています。

日本人である・・・とは、どういうことか・・・。
これは国家のアイデンティティの問題です。

式典で日の丸への敬礼を拒む人・・・。その人がもし
日本人であるなら、その行為も許容されるでしょう。
象徴天皇への不敬や暴言も、おそらく広い意味で許容
されるはずです。
(この場合の「許容」とはつまり、あたかもひとつの
 家族の中で、小難しい思春期の子供が親に反抗するのを
 ほかの家族が広い心と愛情から見守るようなものです。
 そういう家族=組織のあり方が望ましい・・・というのが
 日本的な情緒だと私は思うので、「許容」されるだろう
 というわけです)

しかしそれをするのが日本籍でない人や、自分は日本人
ではない、と思う人であれば・・・。
それは許容されないでしょう。
許容すべきでないと私も思いますし、実際、許容できない
とする「日本人の」世論が急激に盛り上がることだろうと
思います。
そうなった時には、それはもはや欧州で最近馴染みの
ネオナチ風ナショナリズム・・・と同じものになっている
のかもしれません。岐路・・・いろいろな意味で。

保守派・・・は、今後ますます増えるだろうと思います。


 
posted by 水無月 at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

「自由」の重み

 
共謀罪のこと・・・。
たぶん、これまで「実行に移したところで犯罪」だったのを
「相談したところで犯罪」に変えます・・・という部分が
日本人には一番馴染みにくいポイントなんでしょうね。

犯罪の概念自体の変革を伴うような変更を、こんなに簡単に
やってしまっていいのか、もっと国民全体を巻き込んだ
幅広い議論が必要なのではないのか・・・という指摘には
同感です。

で、国民の一人としての私の感覚ですが
以前は、かなり問題なんじゃないの? だったのですが ※1
最近では次第に、変更・・・OKかも に変わってきています(汗


     ◇     ◇     ◇


同法案には日本ペンクラブが反対しています。
http://www.japanpen.or.jp/seimei/060515.html

 このような共謀罪の導入がこの世の中と、そこで暮らす
一人ひとりの人間に何をもたらすかは、あらためて指摘する
までもない。民主主義社会における思想・信条・結社の自由
を侵すことはもちろんのこと、人間が人間であるがゆえに
めぐらす数々の心象や想念にまで介入し、また他者との関係の
なかで生きる人間が本来的に持つ共同性への意思それ自体を
寸断するものとなるだろう。


思想・信条・結社の自由は大切です。
「人間が人間であるがゆえにめぐらす数々の心象や想念」
これは誰にとっても譲れない一線でしょう。

しかし、心の中で呟くことや夢想すること、考えること、と
それを第三者に向けて公言すること・・・では、おのずから
重みが違ってしかるべきだ、という気持ちもあるのです。

私のこの変化には確実に、そして皮肉なことですが、私が
ネットを知り、広い世界に触れたことが影響しているだろう
と思います。自己分析ですけどね・・・。

実行に移せば犯罪となる行為であれば、それを「したい」
「やろう」などと、気安く他人に言うべきではないと思い
ます。たとえ冗談であったとしても。

考えること、と、外へ向かって表明すること、の境が曖昧
なのは、私にとって大変気持ち悪いことです。
外へ向かって表明することに敏感であるべき立場・職業の
人々は、むしろその境を厳格に認識していて当然のような
気もするのですが。


     ◇     ◇     ◇


この日記を書く直接の動機になったサイト・・・↓。

【一般の人も対象になり得る「共謀罪」】
http://kyobo.syuriken.jp/case.htm

とりあえず私は、法案反対派のこのページを見て、こうした
事例であれば、反対派へ積極的に賛同はしたくない、という
気持ちの方が強くなりました(苦笑
自分がこの事例には当てはまらない・・・というだけでなく
事例集に出てくるような人々は、現実世界で出会えば
おそらく私とはあまり気の合わない人々のような気もする
からです・・・(汗


     ◇     ◇     ◇


共謀罪に関してですが、私が問題と思うのは、思想の自由
云々ではなく、次の点です。

 ・共謀(冗談レベルも含め)したけれども、集団構成員の
  自発的意思によって共謀が消滅した場合にも減刑されない

 ・密告者優遇制度

上記を組み合わせると、例えば、ある犯罪行為を相談(=共謀
成立)したのち、集団の構成員Aが「やはりやめよう」と言い出し
他のメンバーを説得して共謀を消滅させた、しかし
共謀消滅に内心不満な構成員Bがほかのメンバーを逆恨みし
警察へ密告した・・・という場合、(犯罪行為をやめさせた)Aを
含む構成員は罰せられ、(一番犯罪遂行の意志が強かった)Bは
減刑される・・・というような状況が起こりうるでしょう。

裁判で情状酌量が認められるかもしれませんが、そういう
手続きでは計れないもっと根本的な部分で、(現状の)共謀罪
という概念の未熟さを感じます。
要するに、納得できない・・・ということ(苦笑

ほかにも、刑法の体系から見て無理がありそうだ、とか
国際組織に限れば済むんじゃないの? というようなことも
多くの方々が指摘しているのではないかと思います。


     ◇     ◇     ◇


まとめると、「犯罪の概念を変える」という根本部分では
私は積極的に反対すべきとまでは思ってないですね。
ただ、もっと枝葉の部分で、まだ法案が未熟なのかも・・・と
いう気はします。
法の運用方(警察や司法関係者)が、法の未熟さを運用で
カバーできる程度に成熟している、という国民的コンセンサス
が得られているとは言えない現状、継続審議も自然な流れ
なのかもしれません。

私個人は思想の自由、言論の自由を大切に思っていますが
名誉毀損やセクハラ※2、著作権侵害・・・など、それ自体が
犯罪であるところの言論と同様に
犯罪行為を相談する言論の自由まで守りたい、守るべきだ
とは、思えません。

それ自体が犯罪であるところの言論や、犯罪行為を相談する
言論の自由・・・をも守るべきと説く人々とは、実は
言論を少しも愛していない人々ではないかと、私は最近
疑い始めているのです・・・。




※2 セクハラ・・・には、読者には相応しくないと容易に
 推測できる人々(たとえば女性や子供など)の目に触れる
 場所に置かれた「猥雑な」創作物なども含みます。


※1 上記は以前に書いたエントリ、具体的には半年ほど前の↓
 【共謀罪(衆議院2/3制覇がもたらすもの)
 【続・共謀罪
これらとは、共謀罪に対する根本的な見方がかなり変わっています。
以前は積極的反対意見でしたが、今は罪の創設自体には反対しない
立場です。
今回のエントリを上げるに際し、以前のエントリを下げておくべき
かとも迷いましたが、私自身の意見の変遷を記録しておくことにも
なんらかの意味が(たぶんないでしょうけど、もしかしたら、万一)
あるかもしれないと考え、あえて下げないでおきます。





posted by 水無月 at 03:22| Comment(4) | TrackBack(0) | 国内(法律) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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