2006年06月14日

「自分が犠牲になる寛容の心」の危険(長島議員BLOGより)

 
前回も触れた
 長島昭久 WeBLOG 『翔ぶが如く』
 http://blog.goo.ne.jp/nagashima21
が「北朝鮮人権法案」絡みで燃えている件ですが、少し詳しく書いておきたいと思いました。


簡単に背景を説明しておくと、まず「北朝鮮の人権問題」に関する基本的な、自民、民主両党の考え方の違いがあります。
 自民党 → 拉致問題解決のため経済制裁の法的根拠を整えたい
 民主党 → (人道的見地から)脱北者支援をすべき
両党は2006年6月9日、それぞれ提出していた「北朝鮮人権法案」を一本化することで合意。この法案は今国会で成立する見通しです。

与野党合意した法案の概要は以下の通り。


『拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律案』

第一条(目的)
 北朝鮮当局による人権侵害問題に関する国民の認識を深め
 国際社会と連携しつつ実態を解明し、及びその抑止を図る

第二条(国の責務)
 国は、拉致問題を解決するため、国民に情報提供を求め、また
 自ら徹底した調査を行い、帰国の実現に最大限の努力をする

第三条(地方公共団体の責務)
 地方公共団体は、国民世論の啓発を図るよう努める

第四条(北朝鮮人権侵害問題啓発週間)
 十二月十日から十六日までを北朝鮮人権侵害問題啓発週間とする
 
第五条(年次報告)
 政府は毎年国会に取組についての報告を提出し、公表する

第六条(国際的な連携の強化等)
 政府は、拉致被害者、脱北者、その他北朝鮮当局による人権
 侵害の被害者に対する適切な施策を講ずる
 
第七条(北朝鮮当局による人権侵害状況が改善されない場合の措置)
 政府は、拉致問題その他北朝鮮当局による日本国民に対する重大な人権侵害状況について改善が図られていないと認めるときは、国際的動向等を総合的に勘案し、特定船舶の入港の禁止、外国為替及び外国貿易法による措置その他必要な措置を講ずる



これを見ればわかる通り、第一条〜五条までは、特に問題もないはずですが、第六条が民主党、第七条が自民党の主張を、それぞれ反映しているわけです。


そこで冒頭の長島議員のBLOGに戻ります。要するに
「どうして日本が脱北者支援をしなければならないのか」
という部分で、批判コメントが殺到しているのでしょう。
(長島氏は同法案の民主党側政策担当者のようです)

これに関して長島氏は次々と関連エントリを上げています。
(でもトラックバックは受け付けていないようです)
 【北朝鮮人権救済法案、成立へあと一歩!】2006年06月08日 21時57分00秒
 (BLOG炎上の発端となったエントリ)
 【改めて、北朝鮮人権法の成立を期す】2006年06月10日 14時07分26秒
 (法案の全文をのせ、脱北者支援が金政権崩壊を導く意義を説明)
 【立川市議選始まる】2006年06月12日 12時44分05秒
 (引き続き意義を説明、理解を求める)
 【『北朝鮮人権法案』で考えさせられたこと】2006年06月13日 10時39分28秒
 (寄せられたコメントの中から「kappe@錦」氏の擁護コメントを引用)


さて、やっと本論まで辿り着けた気がします。
最後のエントリのkappe@錦氏の法案擁護コメントを、私は実に興味深く読みました。また同氏のコメントは、(結論は正反対ですが途中までは)私の認識とも共通しています。以下、長島氏BLOGより引用してみます。


・・・前略・・・

拉致問題の究極解決を早期に図るには、つまるところ北の現政権が倒れないと無理だと思います。

 ところが、実際に金正日政権が倒れたら大量難民の発生必至でしょう。なので、大量難民が流入したら困る中韓(中国には、それ以外にも困る理由がありますけど)は、(中韓の現政権が交替し北に対し今より厳しいトップに替わったとしても)北朝鮮のハードブレークダウンは阻止しようとするでしょう。国益上、そうで当然。あくまで中韓は北に対してはソフトな改革を促す路線。

 なので、問題の早期解決のため、ハードブレークダウンを起こしかねない"強い経済制裁"を行うのであれば、日本が、ハードブレークダウン時に大量発生すると思われる難民になにがしかの責任を持つと宣言する必要がある

・・・中略・・・

 ところが、日本は、ここのコメントを眺めていても、どうも「北の政権が制裁の結果仮に倒れたとしても、その後の北の社会混乱に対し責任を取る気なんてない」ように見える。その経済コスト・社会コストに、耐える覚悟がなさそう。

・・・中略・・・

 ...ただ、ねぇ。明治の人、サムライの心をまだ維持した人たちだったらどうかしら?と思うんです。目先とっても苦しくても、問題の早期、かつ究極解決を目指すために、困難に耐える覚悟があったんじゃないかしら、と。多少気にくわない相手であっても、アジアの人のために自分が犠牲になる寛容の心があったんじゃないかしら、と。真の愛国心があったのではないかしら、と。

・・・後略・・・



このkappe@錦氏がどなたかは全く存じ上げませんが、非常に冷静かつ現実的な考え方をする人物だと私は思います。
そしてまた、同氏のコメントに「私がもっとも共感した」との感想を添えて全文引用する長島議員にも、彼が所属する民主党にも、私は改めて強い感慨を覚えたのです。

簡単に述べますと、私は上記のkappe@錦氏コメント引用部分のうち、前半には全く同感です。特に、青字で示した部分は重要な認識だと思います。
はっきり言えば、中韓露は北朝鮮金政権に倒れて欲しくない・・・ということ。
倒れて欲しいと思っているのは、主にアメリカと日本だけなのです。
しかしそのアメリカも、同じような(完全に同じとは言いませんが)人道的趣旨で「倒した」イラクの後始末が未だに終了せず、青息吐息の状態・・・。

北朝鮮へどうやって、誰が(どの国が)、とどめの一撃を刺すのか・・・。これが深刻な問題であることは間違いないと思います。


なお、長島氏BLOGへ寄せられた批判コメントの多くが、脱北者支援への反対意見です。
ここに、これまでの日朝関係や在日問題の影響を読み取るのは容易なことでしょう。
要するに日本国民は(このコメント欄を見る限り)、「脱北者を受け入れたくない」という強い意志を持っているのです。
そして、「拉致問題を解決するためには金政権を倒し、その結果発生するであろう難民も受け入れざるをえない(はずだ)」と考える民主党より、「拉致問題解決には努力するが難民は受け入れない(ことが可能だ)」と考えているらしい自民党を、支持しているわけです。この部分の両党の認識の違いが、そのままkappe@錦氏とほかの批判コメンター達との違いです。それは上記引用部分のうち、緑字で示した箇所でしょう。

ところで、「拉致問題解決には努力するが難民は受け入れない(ことが可能だ)」という自民党の主張は、本当に成り立つのでしょうか。
私は若干の疑念を抱いています。
それが本当にできれば、それにこしたことはありませんし、拉致問題解決に向け、自民党に希望を託す人々の気持ちも痛いほどわかります。しかし結局のところ自民党の最終的な選択とは、「難民を受け入れずにすむギリギリのところまで拉致問題解決に努力する」ということかもしれません。
(とはいえ、本気で拉致問題を解決しようという気迫もないのに、ポーズだけで金政権崩壊=脱北者支援の危険性を語る民主党に比べれば、遥かにマシと言わざるを得ませんが)


そうしていよいよ、kappe@錦氏と私との決定的な違いについて・・・です。
引用の赤字の部分ですね。再引用します。

明治の人、サムライの心をまだ維持した人たちだったらどうかしら?と思うんです。目先とっても苦しくても、問題の早期、かつ究極解決を目指すために、困難に耐える覚悟があったんじゃないかしら、と。多少気にくわない相手であっても、アジアの人のために自分が犠牲になる寛容の心があったんじゃないかしら、と。真の愛国心があったのではないかしら、と。

すでに述べたような拉致問題解決と脱北者支援とのジレンマ・・・を、もはやここでは超えています。
ここで好意的に追想されているのは、「多少気にくわない相手であっても、アジアの人のために自分が犠牲になる寛容の心」です。それがサムライの心だ、と。
拉致被害者でなく、アジアの人のため、に、いつの間にか広がっています。

正直、私はこれを読んで身震いしました。

この「アジアの人のために自分が犠牲になる寛容の心」こそ、日本を「大東亜戦争」へと駆り立てた(少なくとも表向きの)理由だったのではありませんか?
政治家や軍人レベルではない一般の人々は、先の戦争で「日本がアジアを侵略している」とは、思ってなかったはずです。欧米列強の支配から独立を守るため、アジア同士で助け合わねばならない、日本はほかのアジア諸国を守らねばならない、というまさに高潔なサムライの心根から、出征していったのではないでしょうか。
もちろん異論もあるでしょうが、大義名分としては、そうだったと思うのです。

そういえば似たようなことはつい最近、イラクでもありました。
結局のところ、「他国のために自分が犠牲となる寛容の心」という美しい自国イメージこそ、一般国民を戦争賛美へと追い込んでいく「心理的な罠」なのです。

私は、なにがなんでも脱北者は受け入れられない、と反発する膨大な批判コメントの中にこそ、「敗戦から学んだ日本」で暮らす一般国民の「精神の健全さ」を感じました。


もし・・・。
長島氏が、「他国のために自分が犠牲になる寛容の心」に共感を覚え、魅力を感じているのなら、長島氏を政治家として非常に危険だと私は判断します。
同様に、それが民主党内部の一般的な空気であるなら、私は民主党こそ軍国化の危険を孕む政党だと判断します。

「他国のための犠牲」など、他国から散々せっつかれてから、ようやく重い腰を上げる程度で十分なのだと思います。それこそが本当の犠牲です。自ら進んで犠牲になろう、などと言うのは、人でも国でもロクなものではありません。


 
posted by 水無月 at 02:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 国内(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。