2006年01月08日

A【リベラル】「自由」からは自由な政治的立場

 
【新自由主義】・・・に関する私自身の過去の文章を読んでいました。
http://yohaku.seesaa.net/article/7385013.html
その末尾の「次は【リベラル】を」という言葉を私自身も
忘れたわけではありませんし、これをまとめることの必要性は
日々強く感じています。

でも難しい(笑
そもそも、リベラル=自由主義、が、ネオ・リベラリズム=新自由主義
の敵でありうるとはどうした事態なのでしょう・・・。
新自由主義といえば現在米国大統領のブッシュ氏ですけど
彼の敵はリベラル≒民主党です。


【 米国の場合 】

ただ米国に目を転じてみても、共和党と民主党の対立軸は
保守VSリベラル の思想的対立だけとは言えない。
米国の場合は宗教的な許容度、伝統的価値観への傾斜度、が
両党を分けているようです。
ごく簡単に(乱暴に)まとめてしまいますが

共和党≒保守
     キリスト教的(中絶反対、ID教育=神による創造説)
     伝統的価値観(銃規制反対など)
    ≒右派
     世界の警察官、自由主義陣営の雄
    ≒(よく言及されるのがFOXテレビ)

民主党≒リベラル
     宗教には一定の距離感(中絶許容、ID教育反対)
     進歩的価値観(フェミニズム寄り、同性婚許容など)
    ≒左派
     反戦平和主義(ベトナム戦争反対、イラク戦争反対)
    ≒ニューヨークタイムズ紙

こんな感じではないかと私は見ています。
(あくまで私の知識レベルが基になっているので適当ですが 汗)
この中で「自由」に焦点を当てると、フェミニズムや宗教的自由
への態度の違いが浮かび上がってきます。が、しかし
共和党だって自由を世界に輸出するためわざわざ
国外に出かけていって戦争までしてくれているわけで
彼らに言わせれば足を引っ張る民主≒リベラルこそが、自由の敵
となるわけです。
おまけに共和党は「小さな政府」の推進者。
「小さな政府」の発想の土台に自由主義(リベラリズム)が
あるのは前回(【新自由主義】に関して)述べた通りですから
ますますややこしい(笑
しかしややこしくてもさすがは二大政党制の国、一応分けることが
できるのですから大したものです。

では目を自国に移してみるとどうなるでしょうか。


【 日本のリベラル 】

現在リベラルを標榜しているところと考え、私が真っ先に
思い浮かべたのが朝日新聞でした。
となると、朝日が攻撃しているのが保守で、擁護しているのが
リベラル?? そんなのってあり?(苦笑

というわけで、ここでいつも詰まってしまうのですが
今日は私的独断に基づいてエイヤっと分類してしまいます。
ご意見のある方はどうぞコメントお願いします。

<2005年秋まで>
保守≒自民党
   対米追随路線(日米安保堅持)

リベラル≒反自民陣営=野党すべて(代表は社共)
   そこはかとない反米主義、国連重視、護憲

<2005年秋以降>
新保守≒自民党森派(小泉氏周辺)
     対中強硬路線
     新自由主義・小さな政府、脱官僚主義
     改憲
    ≒松下政経塾出身者の一部(前原民主党党首のあたり)
    ≒産経新聞系?

保守≒代表は自民党橋本派(旧田中派)、公明党
     対中融和路線
     小さな政府にはやや距離を置く、官僚政治に理解有り
     改憲にやや距離を置く
    ≒民主党の一部(自民離脱系)もここ
    ≒日経、読売のあたり?

リベラル≒民主党の一部(旧社会党、旧民社系)、現社民党
      対中協調路線、反米・反核・平和主義、護憲、反自民
    ≒朝日新聞のあたり? 共産党の一部も

異論もあろうかと思いますが、私の目には、ここ数年で
日本の政治はガラリと変わったように映るのですね。
とりあえず小泉二期目が始まった2005年秋の総選挙で分けて
みましたが、その胎動はむろん、もっと以前からあったわけです。
そしてこの流れを見極めるのに、それそういうの時間を要した
・・・というのは言い訳に過ぎませんけども(笑

そしてこれを見ると、リベラルの原義である「自由」に関する
対立点など、なにもない、ということがわかると思います。
唯一あるとすれば、在日外国人への参政権拡大の問題くらい
でしょうか(リベラルは賛成、保守は反対のはずです)。
しかしこれとて、その根っこは在日政策にあるわけで
純粋な思想的立場の対立というより(もちろん、思想的な信条から
参政権拡大に賛成するリベラリストもいるでしょうけれども)
対アジア政策とかいわゆる在日問題の方に、焦点があるように
思えます。
私が「リベラル」というレッテルに虚しさを感じるのは、こうした
現状を考える時・・・です。


【 リベラルは絶滅するのか 】

米国の保守VSリベラルの対立が、実はその根を宗教的価値観に
持つように、日本の保守VSリベラルの対立は、歴史認識にこそ
その根を持っているように、私は最近思えてきました。

現代日本人は、とりわけ最近では、まずその歴史観によって
政治的な立ち位置を明らかにするよう、求められるようになって
きているのではないでしょうか。
米国への態度や憲法、自衛隊に対してどのようなスタンスを
取るか・・・は、そのあとで自動的に決定されると言っても
過言ではないように思います。
けれどもこうした事態が起こるようになったのは、つい最近の
ことでしょう。私の主観的な認識では、かつて(といっても
1990年頃まで)は、日米安保が今の歴史認識と似た意味を持つ
分水嶺でした。これに対する視線・・の温度差で自分が保守か
リベラルかを知る・・・という具合に。
日米安保が歴史認識へと変わった理由は定かではありませんが
その間に起きたことは、第一次・第二次イラク戦争、北朝鮮拉致問題
中国の反日デモ、新しい歴史教科書論争・・・などでしたね。
ほかにも日韓共催ワールドカップや韓流、そして『嫌韓流』
騒動などもありました。
こうした事件が複合的に作用し、日本の雰囲気を変えたのでは
ないかと思っていますが。

それはともかく、過去・・・「リベラル」はプラスのイメージを
持つ言葉でした。
それが今では、非難や中傷の的になろうとしています。
なぜでしょう?
私は、ここに、これまで戦後六十年間日本のリベラルを率先して
導いてきた「知識人」「言論人」達の罪を思わずにはいられません。
彼らはどこかで道を誤ったのではないでしょうか?
その歴史観にこだわるあまり、「リベラル」を単なる歴史観の
枠内に矮小化し、貶めてしまう・・・という愚を。


米国で開発された政治思想的立場を区分けするクイズを
日本で行うと、自称右派の方をも含めた多くの人が
「リベラル」に分類されるという興味深い現象もあるようです。
(【Meine Sache 〜マイネ・ザッヘ〜】「リベラルとサヨク」
 http://meinesache.seesaa.net/article/7352700.html
私にはこれ・・・大変面白かったです(笑

この現象から読み解けることとは、要するに
日本には現在、(本来の意味での)政治思想的対立などない
ということではないかと思うのですが、読者の皆様はどう
思われますか?

政治思想的対立点がない・・・にもかかわらず対立が先鋭化している
政治問題は数多くあります。
大きくは改憲問題ですが、細かに見ていけば靖国問題、参政権問題
自衛隊問題、イラク派兵の是非、在日米軍問題、天皇を巡る問題等々。
問題点を掘り下げてゆけば日本はどうあるべきか、という国家観の
問題へと行き着くはずです。
しかしまた同時に、そのどれひとつとして
歴史観(それも限定されたある一時期の)抜きには語れない
(立ち位置がそこにあるのなら)、というのも不思議な話です。

リベラル・・・という語を巡って考えると、私はどうしても最後に
この不思議さに出会うのです。


【 歴史観論争を超えて 】

朝日新聞に代表されるような自称リベラル派知識人達の誤り、が
もしあるとすれば、それは自民党批判に傾きすぎた・・・という点で
あると思います。
実際には、自民党の中にも新保守から保守まで、さまざまな考えの
人々がいました。日中国交正常化を成し遂げたのは自民党政権で
ある点を見ても、対中政策ひとつとっても党内にかなりの温度差の
あることがわかります。
けれどもリベラル派知識人の皆さんは、自民党内の差に目を向け
きめ細かに対応する・・・という努力を怠ってきたように思います。
その結果、誰が首相になっても同じような批判をする、この「批判」
ということが彼ら自身の存在意義にまでなってしまった・・・のでは
ないでしょうか。
これは大変危険なことです。なぜなら、批判勢力とは、本質的に
その批判の対象なくしては成り立たない、からです。

リベラルはいつのまにか、自民党から相対的に導き出されるだけの
存在に成り下がってしまった・・・ように思えます。
(そしてこのように批判勢力=リベラルが、自らの実体を相対化
 させてしまったことが、自民党の超長期政権を支えてきました)


歴史認識の一点にリベラル派知識人がこだわっている間に
普通の日本人の多くは、先のクイズの例にあるように、リベラル的
思考を十分身につけてしまいました。
そして、(私は今後、日本の政治は「新保守」と「保守」との
綱引きの中で展開されることになると思っていますが)
自民党政権を担う「新保守」の政治家も「保守」の政治家も
実は政治思想的には十分にリベラルな発想をする有権者から
選ばれた、立派にリベラルな人々である、という点が
重要なのではないかと思っています。
(例を挙げれば、自民党に任せても、王政復古や貴族政治には
 ならないだろう、と普通の日本人は思っている、ということ)


リベラル・・・が蘇るための道があるとすれば、おそらくそれは
歴史認識との訣別を果たすこと・・・でしょう。
外交論、政策論などを歴史認識と切り離して論じられる基盤を
持つこと。
そして自民党をあまり意識しすぎないこと・・・。
反自民の旗を振っている人は自民の応援をしているのと同じこと
と言っては語弊がありますが、自民党がどうであろうと関係なく
自らの政策を考え、語れるのが本来であることを思い出すべきです。
自分で考えた結果が自民(のどこか)と同じならば賛成すれば
よいし、そうでないなら反対する・・・というのが本来でしょう。

自民党のやることは全て反対! という人は「反自民」な
だけであって、決して「リベラル」ではありません。

そういう、自称リベラルで実はリベラルを貶めているだけの
人々とどのように距離を取り、差異化できるか・・・が鍵のひとつ
かもしれませんね。


もうひとつの鍵は、経済論のように思います。
小さな政府とどう向き合うか・・・。
現状では新保守(新自由主義)VS保守(抵抗勢力?)のように
レッテル張りされてしまっているようですが、歴史認識から
比較的自由なこの分野でこそ、本来は政策論議も活発に行われて
よい・・・はず。
上でまとめた【日本のリベラル】の中の「リベラル」陣営が
軒並み、この部分の論議を与党任せにしているように見えるのは
私の気のせい・・・でしょうか。


護憲・靖国も重要ですが、こうした問題でも存在感を示せること
が、リベラル陣営には求められているように思います。



【 おまけの資料 】

本エントリを書く中で知ったページ。自分へのメモのために残しておきます。
【フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A%E3%81%AE%E6%B4%BE%E9%96%A5

自由民主党における派閥興亡史
自由民主党そのものが保守合同に伴う旧自由党と旧民主党が合併して出来た政党であり、その構成メンバー間の経歴・信条・政策などは決して一致していなかった。そのため、経歴・信条・政策などの近い議員達が党内の有力議員の下に集まって形成されたのが自由民主党の派閥のルーツである。

1956年12月の総裁選挙をきっかけに8つの派閥が形成された。×印は断絶を表す。

旧自由党派
吉田学校→宏池会池田勇人→前尾繁三郎→大平正芳→鈴木善幸→宮沢喜一→加藤紘一(大勇会河野洋平派→)→小里貞利(宏池会堀内光雄派→)→谷垣禎一派、
吉田学校→周山会佐藤栄作→木曜クラブ田中角栄(周山クラブ保利茂→×)→経世会竹下登(木曜クラブ二階堂進→×)→平成研究会小渕恵三(改革フォーラム21羽田孜派→×)→橋本龍太郎→津島雄二派
吉田学校→水曜会緒方竹虎→石井光次郎派→×
鳩山一郎→白政会大野伴睦→村上勇(船田中派→×)→水田三喜男派→×(自由革新同友会中川一郎→石原慎太郎派→×)
旧民主党派
鳩山一郎→八日会岸信介→清和会福田赳夫(愛正会藤山愛一郎派→×、川島正次郎→椎名悦三郎派→×)→安倍晋太郎→三塚博(政真会加藤六月系→×)→森喜朗派
鳩山一郎→春秋会河野一郎→政策科学研究所中曽根康弘(森清→園田直系→×)→渡邉美智雄→志帥会村上正邦(近未来政治研究会山崎拓派→)→江藤隆美→亀井静香→伊吹文明派、
鳩山一郎→火曜会石橋湛山→×
政策懇談会三木武夫(松村謙三系→×、早川崇系→×)→新政策研究会河本敏夫(海部俊樹→新しい波二階俊博系→)→番町政策研究所高村正彦派
この外にも芦田均のグループなど、少数グループがいくつか存在した。

1970年代には田中派と福田派による角福戦争が繰り広げられ、田中派が勢力を持つこととなった。その政治手法が”金権政治”的であった為、これを打破しようという目的で若手議員が中心となって青嵐会が結成された。


この記事へのコメント
日本に、リベラルはいたのか?!という問題自体があるのかも。

あまり広く出回っていないかもしれませんが、精神病理学者、野田正彰氏が某大学で鼎談をされたことがあります(神奈川大学評論39号2001年7月刊)。それ以前にも野田氏の名前は月刊雑誌『世界』で見たことはあったのですが、どんな人かあまり興味がなかったので、ろくに読みもしませんでした。でも、その鼎談はホスト役の酷さと野田氏の凄さが対照的で、すぐ手持ちの野田氏著『紊乱のロシア』(買った時にはなんて詰らないソ連後知恵批判と勝手に思い込み、流し読みしかしなかった)等も読み直したり、E-netで検索して公演を聴いたりしました。
 野田氏の大事な論点を幾つか僕なりにまとめますと、
@ 旧ユーゴやソ連等、異民族間で多数結婚していても、スーパーナショナリズムの煽る憎悪には無力。特にその両方の民族にまたがる、架け橋のような人々こそが、スーパーナショナリズムの被害者になるということ
A 日本の戦後は侵略戦争の罪悪・責任を一貫して否定してきた。だから、ドイツのような『忘却』さえ、ありえない。

というわけですので、日本でも、多くの国でも、ごくごく少数のリベラルな発掘・努力があっただけで、右も左の多くも主体的な取り組みとしてリベラルに値するほどの一大政治勢力は(今からして思えば今も昔も)皆無に等しいのではないかと、僕は悲観しています。
Posted by 建つ三介 at 2006年01月08日 21:39
 
建つ三介さん

いつもありがとうございます。こんばんは。
実はこのエントリ・・・事情があって、夕方頃一度UPしたのち
場所を移動して夜にもう一度更新をかけました。
建つ三介さんがご覧になったのはその一回目の更新内容
だということを、まずお詫びさせてください。
しかし私の内容も大きく異なるものではないですから
頂いたコメントも、このままで有効と思います。

>というわけですので、日本でも、多くの国でも、ごくごく少数のリベラルな発掘・努力があっただけで、右も左の多くも主体的な取り組みとしてリベラルに値するほどの一大政治勢力は(今からして思えば今も昔も)皆無に等しいのではないかと、僕は悲観しています。

確かに、(多くの世界の方はちょっとおいておくとしても)
日本に真のリベラルなんているのか、という問題点はありますよね。
真のリベラルがいないのに、いる振りをするから、
安易な政権批判に流れてきた・・・ということかもしれません。

ところで、耐震問題の方ですが、メールをありがとうございました。
頂いた内容が、一読程度ではとても理解できないほど高度だということと
また、しっかり理解するだけの時間もなかなか取れないという事情もあって
ついついそのままになってしまっています。どうぞご容赦ください(汗
年も改まりましたが、問題が、真相解明と再発防止に向け
少しでも進展することを願っております。

Posted by 水無月 at 2006年01月09日 00:22
似非リベラルばかりですからね 日本は

例えばバリバリの反日ナショナリストの

「死ぬのはやつらだ」は

ただのアイヌですよ
あの人別の場所ではアイヌの魂だとか
「アイヌは自然と平和を愛する民族」なんて
本物の偏狭なナショナリストがなぜか
左翼を応援している矛盾

他には樺太や北方領土を返せとか言ってますし

まあ日本人への差別用語の酷いこと

ネット上の自称リベラルってのはこう言ったマイノリティーの利権拡大を目指した偽者が多いって事を知っておくべきかなと思います
Posted by 似非マルキスト at 2006年04月19日 20:36
 
似非マルキストさん、はじめまして!
コメントありがとうございます。

まず、私はまだネットをはじめてから日も浅いもので
ネット上では著名な御方であっても知らないことが多いのです。
そういう次第で「死ぬのはやつらだ」さんのことも
今回初めて知りました。ご教示ありがとうございます。

リベラル、リベラリズムというのは、そもそも
自由・平等といった価値観、あるいはもっと簡単に
「人権」を重視するはずですよね。
多数に迫害されるマイノリティにとっては、リベラリズムが
重要な思想的バックボーンであり、希望の光である・・・ことは
わかるような気がします。

だから、「マイノリティーの利権拡大」を目指すこと自体は
私には問題があるとは思えません。
問題なのは、その方法論と、行き過ぎた場合(逆差別や過剰優遇)
なのだと思います。

ネット上ではどうしても言葉が荒れてしまう傾向が一部には
あるようですが、マイノリティとしてアイヌの人権を真摯に
考えているのなら、「死ぬのは・・・」さんには日本人(大和民族)
の人権も、大事にして欲しいものですね。

ただ、そういう意味では「ただのアイヌ」は、いかがでしょう?
私もたぶん「ただの人間」なので、少し引っかかりました・・・(汗
 
Posted by 水無月 at 2006年04月20日 01:34
 
追伸!(似非マルキストさんへ)

今気になって調べてみたら

利権=〔業者が政治家・公務員と結託して得る〕利益を伴う権利。

と辞書にありました(汗
上で私が差し上げたコメントで

>だから、「マイノリティーの利権拡大」を目指すこと自体は
>私には問題があるとは思えません。

と書いた際には、利権=権利(≒人権)のように考えていました。

マイノリティの方々の正当な権利拡大には賛成ですが
「利権」は宜しくないですね。

Posted by 水無月 at 2006年04月20日 14:36
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