2006年01月31日

交錯の地

靖国に関するエントリへの反応は早い(笑
コメントもトラバも、ついでに英文コメントも(またですか・・・orz)。
耐震強度の比じゃないなぁ・・・と実感。

最近思うわけですが、私も含め、日本人がとりわけ
デリケートに反応するヤマが幾つかありますね。
原爆、靖国、天皇制・・・あたり?
憲法の話ではまだ冷静さを保てていても、原爆や靖国(天皇)
の話では、「理屈じゃないんだよ」的な論調になる人も。
(拙BLOGや日記に頂いたコメントがそう、ということでは
 ありませんので、念のため)
なるほどなぁ・・・と(笑

原爆(=敗戦)のショックを日本はいかに吸収したか
いかに吸収し損ねた(=傷を残している)か。
そういう、六十年前の原体験が一方にあり
他方に、最低でも千五百年近くは確実に、連綿と続いた
「ヤマト」の原風景がある。
両者が不幸な角度で交錯する「場」に、靖国が建っている
のかもしれないですね・・・(綺麗に整理しすぎかも 汗)。


「世界市民」という言葉を目にしました。
「世界市民を標榜するリベラルな人間は何をしたらええんか?
 異文化(異なる価値観)との対話は、必要か? 可能か?」
( 【いわいわブレーク】_【「・・看板倒れ」をお詫びしてー または「バカにできない『トホホの人間』」】建つ三介さん http://blogs.dion.ne.jp/ivanat/archives/2754288.html#more
リベラル=世界市民を標榜する だったのですね。
知らなかった・・・です。マジで(恥
しかし確かに「リベラル」と私が思う人達の共通項は
「世界市民を標榜する」あたりにあるのかも、とも思います。
そして911以降(もしかしたらベルリンの壁崩壊以降)の
世界情勢は、「世界市民」の実現困難さを
(少なくとも私には)知らしめた、ということなのかも・・・?

そんなに簡単に絶望などするな、と言われそう?
いや、私こそ言いたい。
そんなに簡単に大事な(なけなしの)希望を託していいのか、と。
「世界市民」の時代がどういうものか、私には最早
想像すらつきません。どの先進国も移民問題に悩み
どの移民国家も民族差別・民族間憎悪に悩んでいます。

世界市民というのは、もしや爆心地のごとく
一切合財がなぎ倒され、万人が「平等に」すべてを失う時代
そういう心象風景の中でしか存在し得ないのではあるまいか。
けれどもこの風景を想像し、想像の爆心地(=処女地)に立つ私は
それでもやはり自分は日本人であるだろうと思っています。
私を巡り、私を動かす源泉であるところの「血」とは
紛れもなく日本語であったり日本文化であったりするはずだから。
そうしていつしか私は、ふたつのイメージが交錯する「場」に
危うい姿勢で立ちすくんでいる私自身を発見するのです。
・・・それはなんだか靖国神社にも似て。

(以上は1月30日分の私的日記よりコピー
 カテゴリに迷いますがとりあえず【靖国問題】に入れておきます
 日本って今どこにいるの・・・? のBLOGテーマそのもの 笑)

posted by 水無月 at 07:11| Comment(4) | TrackBack(0) |   ◇靖国問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>靖国に関するエントリへの反応は早い(笑
コメントもトラバも、ついでに英文コメントも・・耐震強度の比じゃないなぁ・・・と実感

羨ましい。僕なんか、お客さんが来なくて、寂しいです。
水無月さんが読んでくれていたので、ほっとしています。(連れ合いが言うには「詩なんか、書くからや」そうです。確かに、僕も他人の扱う詩にはタッチできませんが・・。)

僕のいう「世界市民」はまだ曖昧概念です。少なくとも、ダンテや魯迅は入るけれど、もしかしたら、水無月さんや僕も入ってしまうのかは、自分でもよく考えていません。おいおい書いていく中で、はっきりするかも程度です、今んとこは。

魯迅は恐ろしいですよ。歴史の収支表では大概が、小数点以下だから、確かに殉教者は何人もいたけど大衆化には程遠く、ゆえに「いかなる主義も中国とは関係しない」なんて、言い切るんですから。全くの絶望です。ある意味死んだまま、書いていたとさえ、感じさせる冷たさがあって。
そういえば、花田清輝氏の「復興期の精神」にも、生と死に関する一説がありました。ゴッホらに関してだったかな?
「絶望」≠「トホホ」ですけど、「≒」ぐらいかな?って思ってます。
 また稿をおこして、今回のテーマ「世界市民の実現困難さ」に触れますので、お寄りくださいね。

Posted by 建つ三介 at 2006年01月31日 23:47
 
 
建つ三介さん、こんばんは♪

>今回のテーマ「世界市民の実現困難さ」に触れますので、お寄りくださいね

はい、楽しみにお待ちしています。
今回のコメントを拝見して、絶望それ自体にも価値があるのかも
しれないと思いました。少なくとも建つ三介さんは、どうやら
それ(絶望)を体験し、かつそれを突き抜けたところのなにか、を
見据えている、または見出そうとしている、ご様子ですね。
今後とも是非、勉強させていただきたいと思っています。

ところでネットで発表する以上、「お客様」の視線は大問題ですよね(笑
なにも反応が無くては、やはり張り合いも薄れますし・・・。
しかし結局は、書く内容に応じた訪問者の方々が
(長く続けているうちに)現れるものだと思いますよ。
私は拝見しておりますので、どうぞ今後も遠慮なくご活躍ください(笑
(ただ、建つさんの書かれる内容はやはりハイレベルで
 コメント等、なかなかうまく反応できないかもしれませんけど 汗)
最後に、ですが、重複分のコメントは削除させていただきました。
ご了承くださいますように。

Posted by 水無月 at 2006年02月01日 04:34
>「お客様」の視線は大問題ですよね(笑
なにも反応が無くては、やはり張り合いも薄れますし・・・。書く内容に応じた訪問者の方々が
(長く続けているうちに)現れる

ええ、がんばって継続します。

>建つさんの書かれる内容はやはりハイレベルで

結構「ベタ」なことも好きなんですが、ついつい「ええカッコ」もしたいのかな?と自己分析。
もっと有名な話や人を「つかみ」にもってこないとダメなんですか? 天皇・靖国・小泉首相、前原君とかも出ているのに、・・。今はまだ「ホリえもん」ですか? まあ、好いか、ぼちぼちやります。
Posted by 建つ三介 at 2006年02月01日 23:53
 
建つ三介さん、こんばんは♪

>もっと有名な話や人を「つかみ」にもってこないとダメなんですか?

そういう工夫も、(私はほとんど意識してませんけど)
きっと大事なんでしょうね。ただ、私が思うには、ですが
建つさんのお話は難解・・・なのではないかと・・・(汗
それは単純に、読み手の国語能力の問題だと思います。
まあ、色々なBLOGがあり、色々な読者がいるわけですが
私自身も、持って回ったような長い文章はやや苦手です。
建つさんのユーモアや教養のレベルに達してないという
ことだと思っているのですが・・・。

>まあ、好いか、ぼちぼちやります。

はい、それが一番かと思います。こちらも精進しますので(笑

Posted by 水無月 at 2006年02月02日 00:23
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