2006年10月09日

靖国が変わるとすれば・・・

 
以下、日記から抜粋。やや時期遅れなのはご容赦ください・・・。


【<靖国神社遊就館>米が批判の記述修正 アジア関連は変えず】
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20061006k0000m040143000c.html

 靖国神社の最高意思決定機関である崇敬者総代会が5日開かれ、
神社内の戦史博物館「遊就館」の展示のうち、米国から批判が
出ていた第二次世界大戦の米国関係の記述を見直すことを決めた。
10月中に修正文を作成し、年内をめどに展示を変更する。一方、
中国や韓国などアジアの国々から「侵略戦争の認識が欠けており、
アジアの独立を促したと正当化している」などと批判されている
展示については、今のところ見直さない方針だ。
」 (毎日新聞 2006年10月6日 3時00分)

靖国に関しては比較的長く追っていますから、私がここで発言
しないのは、その方が不自然かと・・・(汗

まず、「靖国神社の最高意思決定機関である崇敬者総代会」
この存在を、不勉強なことに私は知りませんでした。
政教分離ということで、政治の側からはなにも言ってはいけない
ことになっている同神社ですが、自身が自身の意思で主体的に
態度を変える分には、なにも問題はないわけです。
これはとても自然なことである反面、正直に言ってなにか新鮮な
驚きも感じましたね。
もちろん、「遊就館」の展示と分祀ではおのずから性質が違い
ますから、いっしょにはできないでしょう。
・・・が、本質的には同じなんだろう、とも思いました。

靖国神社の「遊就館」に象徴されているのは、いわゆる
「靖国史観」なのだろうと思います。
そしていかなる史観も、同時代の政治背景抜きには成立しない
ということなのでしょうね。

アメリカからの要求には譲歩し
「アジアの国々」からの要求は突っぱねる・・・。
右左関係なく、ここに醜さや苛立ちを感じない日本人は少ない
のではないでしょうか。
そしてこの「醜く苛立たしい靖国」こそが、日本の現状を
ある意味では非常に正直に映し出した姿なのだと思います。

靖国神社を批判、あるいは非難することは簡単です。
しかし鏡に映った自己の姿がいくら醜く、不恰好であったと
しても、鏡を非難することにどれほどの意味があるでしょう。

鏡の中で美しい自己に会いたければ、不恰好な本体を
格好良く映すよう鏡に文句を言い、アレコレ弄り回すより
本体自身を引き締まって均整の取れた肉体に改造する方が
ずっと早く、かつ有意義であろうと思います。

 
posted by 水無月 at 23:23| Comment(2) | TrackBack(0) |   ◇靖国問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
諸君11月号『米中の靖国「遊就館」批判に応える』と云う記事では、『ルーズベルトの世界戦略』と云う展示への『参戦によって米経済が復興した』と書かれているのは誤り、と云う具体的な批判に関しては、変える事は出来ても、中韓の『不愉快である』『歴史観が歪んでいる』と云う“感想”には応えられないそうです。
Posted by ogu at 2006年10月10日 15:32
 
oguさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

もしそれが真実本心からの言葉であれば、中韓の抗議の仕方
によっては、今後の修正もありうるってことなんでしょうね。

とはいえ、これは一般論ですが、修正の意思が強ければ
自分から「どこがまずいですか?」と内々に訊くこともできますし
逆なら、のらりくらりと言い訳を続けることも可能です。
まあ、今後の対応を息長く見守っていけば、自ずから真意も
わかるんじゃないかと思いますが・・・。
Posted by 水無月 at 2006年10月11日 04:00
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