2005年09月27日

@【新自由主義】ネオリベラリズム

市場原理を重視し、政府の介入をできるだけ小さくしよう
・・・という思想。
キーワードは小さな政府。規制緩和。民営化。自己責任・・・(笑

歴史的背景。まず【自由主義】(リベラリズム)というものがある。
自由主義を遡っていくと、17世紀英国に辿り着く。ジョン・ロック。
ロックは国王の王権に対立するものとして市民・人民の概念を
生み出し、なんぴとも(つまり政府も)市民の自由を奪うことは
できない・・・とした。
英国の市民革命、フランスのフランス革命、アメリカの独立
・・・これらはみなその思想的バックボーンをロックに由来する。
【民主主義】(デモクラシー)・・・が自由主義と相性がいいのは
(=混同されやすいのは)歴史上実際上、民主主義が地上で
はじめて実現したのはこの三大革命を経て・・・であるから。

ロックの次に現れたのがアダム・スミス。やはり英国人。
スミスはロックの思想を押し進め、経済活動は自由競争と
市場原理によって行われるのが良い、とした。神の見えざる手。
経済の一形態である【資本主義】(キャピタリズム)が、この
自由競争と市場原理・・・を、前提のひとつとしているのは
自明の理。したがって自由主義は資本主義とも仲が良い。

こうした自由主義(=新自由主義との区別から古典的自由主義
とも呼ばれる)・・・の理念に沿って生まれた近代欧米諸国
だが、やがて20世紀・・・修正の時を迎える。
これは福祉国家・・・とか、大きな国家・・・とか呼ばれるもの。
具体的には、古典的自由主義の台頭によって資本家と労働者間の
貧富の差が大きくなりすぎ、一方では労働者階級による
社会主義革命が次々と起こる・・・という世界情勢でもあったため
自由主義が社会主義に譲歩した結果・・・と言えるだろう。

福祉国家においては、名目上の(均一な)自由でなく
実質的・積極的な自由を目指す。つまり、身長の高い人には
大きなベッド、低い人には小さなベッド・・・こそ真の平等であり
実質的・積極的自由を保障するものだ、という考え方。
したがって高額所得者には高い税金、低所得者層には高福祉・・・
となる。累進課税。・・・目的は富の不平等の是正。
また政府は市場経済を維持・活性化させるために適度な介入を
するのがよいとされる。・・・ニューディール政策。
このルーズベルト(民主党)大統領の政策によって、米国は
世界恐慌を巻き返した・・・とされ、以降一定の評価を得る。

そして1980年代・・・。福祉国家への反発・・・のように
新自由主義が誕生する。
英国サッチャー首相、米国レーガン(共和党)大統領がその
先駆け。日本では中曽根康弘首相によって、NTT・JRなどが
分割民営化された。1990年代に入ると、日本では小沢一郎氏が
著書「日本改造計画」で新自由主義の思想を集約し
小選挙区制の導入、市町村合併と300市への収斂
(=小さな政府)などを主張、順次実現化された。

こうして見ると

自由主義 → 福祉国家(大きな政府=修正自由主義)
 → 新自由主義(小さな政府)

という流れであることがわかる。
新自由主義は17世紀の古典的自由主義への回帰運動とみなすべきだ。
そしてその背景には、自由主義そのものの外敵として存在した
社会主義の栄枯盛衰がある・・・ことは明らかであろう。
鉄の女サッチャー氏が辣腕を振るった時代はまさに、ソ連が
解体しつつある時代でもあった。

新自由主義・・・の弊害としては、水道・郵便など公共事業を
民営化した結果、機能を果たせずに失敗したという事例がある
(ニュージーランドなど)。
が、民営化・・・自体の賛否よりむしろ、より根本的な問題は
そもそも福祉国家像が生まれた背景・・・富の偏在・・・こそが
究極の弊害と言えるだろう。
自由主義・・・つまり市場の自由にまかせておけば、富は必ず
偏在する。富める者はより富み、貧しき者はより貧しくなる・・・。

ではなぜ、そのような新自由主義が台頭するのか・・・。
新自由主義の登場する必然性・・・が、もしあるとすれば?
私は陰謀説を取らない。一部の政治勢力(ユダヤなど)が
より富みたいという目的で世界政治を勝手気ままに動かしている
・・・という世界観はナンセンスだと感じている。
新自由主義が台頭する背景にユダヤ資本やネオコンがあると
しても、ユダヤ資本が活力を得るに至った理由・・・が
近代史の中にあるというのが私の発想法なのだ。
では、その理由・・・とは?

それは国家間の競争・・・に、ほかならないのではないか・・・
というのが、現状での私の認識だ。
新自由主義が生まれる以前、世界は東西陣営に分かれた冷戦構造
にあった。この冷戦自体が、いわば世界への規制だったのだ。
ある西側国家が赤貧に陥れば、それを東側へ組み込もうと、東側
陣営が触手を伸ばす・・・(=社会主義革命を起こそうとする)。
これを阻止するため、西側陣営は赤貧の仲間国家に援助をせざる
をえなくなる・・・。東西が逆でも同じ。
つまり、世界が東西に分かれていた・・・ことこそ、世界の国家間に
横たわる富の偏在を是正する役割を果たしていた・・・のだ。
しかしソ連が解体し、今や「世界政治そのものが規制緩和した」
状態にある。
世界地図上の陣取り合戦が一服し、貧しい国家に援助する旨みは
もはやいかなる超大国にも、ない。
結果、貧しき国はより貧しく、富める国はより富んでゆく。

そうした世界規模での新自由主義・・・は、また、熾烈極まりない
国家間の競争をも、呼び起こす。
どの国家も、否応なく、自衛のためにこの競争へ参加せざるを
えない。国を挙げての競争力強化が図られる。
そうした中で、国内では、新自由主義が採用されるのではないか。
国民全体に目配りする福祉国家では、荒々しく自由主義化した
世界という市場では生き残れない・・・。そうした危機感が
米国を、英国を、日本を、新自由主義に駆り立てているのでは?
・・・私にはそう見える。

つまり、国内での新自由主義の採用は、国際的な新自由主義
の台頭から要請されたのだ・・・と。


このテーマは必然的に次のテーマへ繋がっている。
【リベラル】・・・(笑
その意味内容が混乱しきっている「リベラル」を、次回には
整理整頓できたらいいと思う・・・。
でもいつになるかは未定(汗
この記事へのコメント
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Posted by みんなのプロフィール at 2005年09月27日 23:56
「新自由主義が台頭する背景にユダヤ資本やネオコンがあるとしても、ユダヤ資本が活力を得るに至った理由・・・が 近代史の中にあるというのが私の発想法」というのは正しいと思いますが、「新自由主義が台頭する・・理由・・とは・・・国家間の競争(の激化)・・・が、現状での私の認識・・。つまり、世界が東西に分かれ・・・世界の国家間に横たわる富の偏在を是正する役割を果たしていた・・・しかしソ連が解体し、今や世界政治そのものが規制緩和した状態・・世界地図上の陣取り合戦が一服し、貧しい国家に援助する旨み・・超大国にもない・・結果、貧しき国はより貧しく・・・。」は、ちょっと雑な議論ではないかと感じます。
 僕の愛読する故・藤田省三氏が、徐京植さんとの対談(インタヴュー)で「19世紀末が本当の世紀末(現行の近代文明の限界点)で、それ以後は、経済学者何んかがこうすればもう少し長生きできると引き伸ばしているけど、行き詰まったまま」という趣旨の発言をされていました。「ブレヒトやベンヤミン、共産主義なんかも(追い詰められた知性の)最後の賭け」とも。ちょっと言葉足らずですが、・・・。
Posted by 建つ三介 at 2006年01月08日 21:08

建つ三介さん、こんばんは。

>雑な議論
読者の方がそのように思われたのなら、その通りだと思います。
私も、こうしたエントリでは自分のインスピレーションを
まず第一に、あまり裏づけをとらずに書いていますし。

>19世紀末が本当の世紀末(現行の近代文明の限界点)

19世紀末・・・というと、約百年前、帝国主義と関係の
ありそうな議論ですね。
19世紀が遠く過ぎ去ってしまっても、人類は生き
人々は生活せねばならない、ということが、悲劇の元なのかもしれません。
Posted by 水無月 at 2006年01月09日 00:31
「雑」何て生意気な事を書いて僕の方が「雑」でしたね。すみません。でも、余白さんの実力の程を知っているが故にです。
 アトラス設計分析等のレベルの高さ、読んでいて、ふと藤田省三氏が「自分の作品を中野重治氏に『レーニン、素人の読み方』でコテンパンに料理された、あまりの見事さに感動した」(『世界』)と言っていたのを思い出しまして・・・。きっと、スパイラルドラゴンさんも(僕ほどでないかもしれませんが、)感動して『お気に入りに』登録されたんだと思います。
 帝国主義の時代に顕在化しつつあった一国資本主義の矛盾は、戦後『ケインジアン政策』(二度の大戦、及び冷戦下で、一定の国際協調もあったとはいえ、主に各国個別の有効需要政策)や数々の経験を踏まえたセイフティーネットによって取り合えず先送りできましたが、50−60年代の反植民地闘争=独立戦争=民主主義の世界的拡大(これが70年代にはオイルショックや1次産品の公平な貿易要求=『新国際秩序』要求となって噴出します)や技術革新の限界(「ローマ・クラブ」等)の予測が、顕在化してきます。
80年代のレーガン・サッチャー路線は、ケインジアン政策の世界化には向かわず1929年大恐慌以前への、不安定化(岩井克人氏の『不均衡動学』で、描かれる『ヴィクセル不均衡』=名目賃金を下方硬直させないと、デフレスパイラル=恐慌が起こりやすい)政策の要素が多すぎるということ・・・。あまりに壮大で複雑な問題群(=宿題)を、21世紀の世界は、抱え込んでいるのでしょうね。70年代、J.K.ガルブレイス氏は『ビッグプロジェクト』で冷戦を解消し、平和共存かつ安定した成長を提案されていましたが、もはやそんな悠長な時代でないことは確かです。あらゆる国で、熱戦を煽動する動きが活発化し、現に多くの難民が発生しています。しかも、藤原帰一氏が朝日新聞に投稿されていました、「声高な『理想』が、むしろ危険」と。あらゆる原理主義に対する健全な警告だと思います。どんな大問題でも1つ1つ丁寧に対処するしかないということでしょう。M.Weberが『職業としての学問』で述べたとおり・・・。ア、また長くなってしまった・・。
毎度すみません。
Posted by 建つ三介 at 2006年01月10日 18:11
建つ三介さん、こんばんは♪
コメントをありがとうございました。大変面白く拝見しました。
毎度思うことですが、建つ三介さんの深い知識、素晴らしいですね。

結論部分
「あまりに壮大で複雑な問題群(=宿題)を、21世紀の世界は、抱え込んでいる」
「あらゆる国で、熱戦を煽動する動きが活発化し、現に多くの難民が発生しています。」
「藤原帰一氏が朝日新聞に投稿されていました、「声高な『理想』が、むしろ危険」と。」
「どんな大問題でも1つ1つ丁寧に対処するしかない」
などは、全くその通りだと思います。

私があえて付け加えるとすれば、
「80年代のレーガン・サッチャー路線は、ケインジアン政策の世界化には向かわず1929年大恐慌以前への、不安定化(政策の要素が多すぎる)」
この部分でしょうか。
不安定化の要素が多いのは、レーガン・サッチャー路線のせいなのか。
むしろ、資本主義でやっていこうと自信を持つ国の多くが
レーガン・サッチャー路線を取らざるを得ない必然性が
あるのではないか、ということ。
私はそれが、冷戦構造の終結とリンクしていると思っています。
冷戦時代は、西側にとっては東側が、東にとっては西が
いわば米国開拓時代の西部のように
大航海時代のアジア・南北アメリカ大陸のように
一種の「処女地」(今後征服しうる土地)として認識できていたと思うのです。
まだ世界に空き地があると思えば、成長(経済の膨張)は健全な
ものでありえますが、冷戦構造が瓦解してしまった時
世界の空き地という幻想も霧散し、地球は途端に
窮屈で狭苦しいものと感じられてしまった、ということではないでしょうか。
ケインズ主義の本質は絶えざる膨張(拡大再生産)ということだと
私は理解しています。
地球自体が膨張してゆかない以上、それはどこかで必ず
限界を迎える定めなのでしょう。
19世紀が頂点で、その後は延命を模索しているだけ・・・という最初に
頂いたコメントに近い感覚を、私も持っています。
ただ、それに変わる新しい経済理論が(今のところ、私の知る範囲では)
実現可能性を感じさせるレベルでは登場していない・・・以上
上に書いた建つ三介さんの結論の通りなどだと思います。

自棄にならず、ひとつひとつの問題を丁寧に取り扱い
そろりそろりと一歩ずつ、日々を遣り繰りしていく、こと。
これが21世紀の人類の姿なのだと思います。

Posted by 水無月 at 2006年01月11日 03:54
まったく同感です。いつのまにか、政治・経済がメインになちゃいましたね。笑い)
「19世紀からの宿題」とか、「技術革新の限界」とかいう意味ももうちょっと厳密化しなければなりませんね。確かにこの間(20世紀全般)も、これから(21世紀以降)も(実証・検証に基づく)科学技術は一層高度化していくでしょう。それは事実です。でも・・・。
 ブルクハルトやM.ウェーバーが、言っていたみたいに、かつての人間(ルネサンス期や啓蒙時代の、或いは産業革命期の)は
専制君主自体が造船・軍事等(及び国政の細かな技術全般)に精通できた(例えば、ピョーテル1世自身、オランダ等でバルト艦隊を含め大帝国の土台を創るべく留学していましたし、R.オーウェンの工場や学校を複合させた試み等もありました)。優れた経営(国家であれ産業であれ)とその時代の最先端技術との間の溝は、まだ広くなかったのでしょう。K.マルクスの時代(つまりブルクハルトらの活躍した時代)には、限界が分かってきたのではないでしょうか。ニーチェが「体系」を構築しようとさえしなかったのもそのためでしょう。20世紀は、大江健三郎氏らが中心テーマに据える「核の問題」はもちろんのこと、その道の専門家にさえ手に負えない巨大技術が目白押しです。研究には膨大な費用が要りますので、「微かな(幽かな?)」可能性を未来に託して(後世の世代に負担を押し付けてしまうことはシカトして!!)、巨大技術の開発・享受を先導(煽動!!)するメフィストヘレスのような存在に、多くの技術者がなってしまっているのかもしれません。我等がファウスト博士はというと・・・。
 「80年代のレーガン・サッチャー路線」についても、確かにもっと考察が必要ですね。大きく分けて、@金融の自由化と、A民営化に分けられるでしょうか。@について、特に今日への影響が大きいと感じています。
@ 金融の自由化
最高級の優秀な高等教育を受けた国家や産業のトップエリート達にとっても、この間の金融大変革(もちろん上述の通り、金融に限らずあらゆる分野の先端技術もそうでしょうが)は、理解不能な部分が多いのだと思います。(だから、Aの民営化や第3者機関にチェックをさせるという監査・検査の制度変更も有効性は限定的ですし、裁判とかでトップの責任がなかなか問われにくいなんてことにもなってしまいます。この点は別に議論すべき大問題でもありますが・・・。)単純に「規制緩和」なんて掛け声で解決できないのはもちろんとして、じゃどんな制度が最適か?というと、試行錯誤しかない。しかも従来の制度の延長線上には何もできない中で・・・。
*注釈「保元物語−史劇の誕生―」(藤田省三氏の傑作書評の1つ)で描かれた悪左府(当代随一の学者かつ官僚だった藤原頼長)と台頭しつつある武家との対比、大変動に無力の公家衆の中で一ごろつきの入道が国策会議を主導するこっけい、等々。また、江戸末期に川路聖謨(ナリアキラ)を勘定奉行に大抜擢しなければならなくなったこと等、いわゆる政治史的には「悪党の時代」、芸術的には「もの狂いの時代」(『世界』「語る藤田省三」最終回)たる大変革の時代を徹底的に研究することこそが、現在の課題を読み解く上で一層喫緊なのだと、感じています。
 金融自由化で何か変わるかと聞かれれば、馬鹿みたいに単純ですが「金融機関はまず、預金(資金)を集めるために、高金利を顧客に約束せざるを得ない、その約束を果たすためには運用先で従来以上に大儲けせざるを得ない」と答えられます。ハイリスクハイリターンへの転換です。まず80年代ラテンアメリカや東欧への長期融資が焦げ付きました。累積債務問題です。でもこの時点では長期資金ということもあって、貸し手と借り手の話し合いも比較的悠長で、リスケジュール(借り換え)で取りあえず収まりました。しかし、90年代は逃げ足の速い短期資金が世界中を駆け回ります、しかも、世界の貿易額のン十ン百ン千という額で・・・。デリバティブ等の金融新商品が開発されて、ノーベル経済学賞学者らのお墨付きを受けて世界の市場を席巻(折檻?!)して行きます。
安定した老後を夢見る保険金等の運用先として・・・。401K(年金の株による自主運用の勧め)。他にも、エクソン・モービル等の巨大企業の大合併、BIS規制による日本の大・小金融機関の決定的衰退等々は、それ自体としても大きな事件ですが、金融からもっと身近な生活へとおいおい波及して行ったし、これからもしてゆく様々の問題に複雑に絡みながら連動していています。今回の耐震偽装事件も、ナショナリズム屋や原理主義者の世界的台頭も、そういう文脈での検証が必要なんでしょうね。(確かシュンペーターが経済の因果関係は複雑すぎて手に負えないという趣旨の事を告げていたのを改めて再認識せざるを得ませんが・・・。)また、まとまりがなくてすみません。
Posted by 建つ at 2006年01月11日 17:09


建つ三介さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
今回のコメントは、位置づけとしては前回のコメントの補足説明
ということですね? 結論は変わらず、で。
新しい主張があるとすれば、↓これでしょうね。

>大変革の時代を徹底的に研究することこそが、現在の課題を読み解く上で一層喫緊なのだと、感じています

過去を研究し、学ぶことの大切さはもちろんのことですが
問題は、学んでいる間にもどんどん時代が(技術・歴史とも)
先へ進んでいってしまう・・・というような、まさに現代ならではの
スピード感かもしれません。

Posted by 水無月 at 2006年01月13日 22:03
壮大なテーマですね。切り口はいくつもあると思いますが。。わたしは、福澤諭吉が民情一新で描いたように、現在起こっている事態を説明してくれる書き物を求めています。事態としては福澤が描いた19世紀後半の世界の事情、と現在でなにが拡大進化(深化)したか?
1 資本や製品が越境しだした。しかもその量が時々刻々巨大になる。
2 その移動を容易にする規制撤廃。資本や人間の移動を自由にする規制緩和。
3 比較優位の徹底、投機化。。などなど、経済分野の突出。
4 企業の巨大化。法人化(無責任化。企業には生誕はあるが、死亡はない。。。)
5 高速化。以前10年かかって起こった変化が、一週間で起こる。

こういう事態になったとき国家のマネジメントをいかにすべきか、の技術を蓄積し、伝達できているか?が 国民(。。国家という枠組みはぜったいになくならぬ、と、幻想の共同体のアンダーソンはしつこいほどゆうていますね)の福祉に影響します。日本はお寒いのじゃないでしょうか。過去の失敗からどれだけ学んでいるか?が問われます。
Posted by yam at 2006年02月09日 13:36
 
yamさん、コメントありがとうございます。

壮大すぎて溺れております(苦笑
私も、全く同様ですよ。「現在起こっている事態を説明してくれる書き物を求めています」
う〜ん、福祉。そうですか、やはりそのあたりがキーワードなんでしょうかね。私は福祉というと、なんとなく国から国民へ(上から下へ)与えられる、というようなイメージがあって、それが少し気に掛かるのですが・・・。
日本の情況はお寒いと思いますよ。外国からは多少学ぼうという姿勢が伺えますが、まだまだ不十分でしょうね。
Posted by 水無月 at 2006年02月10日 02:14
おっしゃるとおり、
福祉、
と書くとき、コンマ一秒わたしの手も震えます。訳語がないのですね、ぴったしくる。
アダムスミスはどういう意味で使ったのだろうか?とりあえずoxford concise、を。
Welfare =
1 the health, happiness, and fortunes of a person or group
2 action or procedure designed to promote the basic physical and material well-being of people in need
広辞苑や大辞林にもすこし、増しな定義。。あるわけないな。輸入後じゃもの。

シヤワセ、でしょうか。快楽、でしょうか。。。はたまた。。。
Posted by yam at 2006年02月10日 02:34
 
そういえばyamさんは翻訳家でいらっしゃったのですね。私は外国語が全然ダメなので、尊敬しますよ。
そうですね、幸福・・・という言葉の方が近いような気はしますね。そもそも国家は国民を幸福に生かすために存在する(そのためにこそ存在する価値がある)システムである、というふうに、私などは思っているのですけども。
Posted by 水無月 at 2006年02月10日 03:24
経済学では、厚生、といっていますね。
ああせい厚生、と。
(わたしは、いつも、朝刊を読んで、眠りにつきますから、。。遠慮せずに先にやすんでください)
Posted by yam at 2006年02月10日 03:40
 
ああ、厚生ですか! なるほど〜!
ではお言葉に甘えてそろそろ休ませてもらいます。楽しかったですよ。ありがとうございました。
Posted by 水無月 at 2006年02月10日 03:58
そうか。。Wealth of Nationだから、国富、かな。大前健一、だ。これをズバリ「国富論」にできる日本語、すばらしい。

富国強兵、に1945年革命(維新)以後、せっせと励んだ、ということになります。
Posted by yam at 2006年02月10日 10:59
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Weblog: Wein, Weib und Gesang
Tracked: 2005-10-01 21:07
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