2005年09月29日

カトリーナA 消えたヒロシマ

 
彼らが語った彼女(カトリーナ)・・・についてはすでに
昨日付日記へまとめたわけですが、私がはじめに
書こうと思ったのは別のこと・・・でした。

「郡の被害について、バーバー州知事は報道機関に
 『(原爆投下後の)ヒロシマのようだ』と語った」
(朝日新聞九月二日朝刊)

私はこれを一読し、非常に強い違和感を抱きました。
そしてこの違和感を日記に記すべく、ネット上の
同記事(または同様記事)を探しはじめたのです。

が、それはなかなか見つかりませんでした。
見つからないので私は一時、これは朝日の捏造記事では
ないか・・・と思ったほどです(苦笑
しかしネットで検索した結果、米国在住の方のBLOGで
現地のTVが確かにそうした発言を流していた(そして
書き手が驚いた)ことを確認できました。
その後私は膨大なニュース記事を検索し、最終的には
【東京新聞】まで、辿り着きました。

「(原爆が投下された)六十年前のヒロシマのようだ」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050903/mng_____tokuho__000.shtml

こうして、ミシシッピ州知事が、ハリケーンで被災した
地域をヒロシマに喩えていた・・・事実は確認できたのです。

それが人為的であれ、自然災害であれ、人々の苦しみ
・・・に、違いはないかもしれません。
が、しかし、それでもハリケーンとヒロシマは違います。
ハリケーンの場合には、それを米国南西部に呼んだ
人間はいない・・・。けれどもヒロシマは、つまり原爆は
確かに誰かが、すなわち六十年前の米国人の誰かが
それを広島へ落とすことを決断し、了承し、指示した・・・。
その結果、落ちたのです。

いえ、原爆は落ちたのではなく、落とされた・・・のです。

そのことの痛みを、(落とした)人々はわかっていない・・・。
そしてわかってもらえていない・・・という落とされた側の痛みも
また・・・。


朝日新聞の同記事がネット上で配信されていないのは
もしかしたら、こうした出来事に敏感な人々への配慮
・・・であったのかもしれない、とも思います。
情報操作をも「配慮」に含める・・・とするならば、ですが。


最後に・・・。
ヒロシマのよう・・・という比喩が消えた代わりに
日本語記事では、イラクのよう、バグダットのよう・・・
戦場のよう・・・という比喩が、溢れています。
この比喩は、イラクでも報道されているのでしょうか?

私がイラク人だったら・・・と考えてみた時
略奪者・・・という言葉が俄かに、多義的かつ象徴的な
ニュアンスを帯びてくることに、驚かされたのですが。
 
posted by 水無月 at 11:10| Comment(6) | TrackBack(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おっしゃるとおり、『ヒロシマ』は、アメリカによる、日本の非戦闘員つまり市民の大量虐殺です。決して自然災害ではありません。アメリカ人ってこういう考え方の奴らばかりだから、私は保守ながら反米なんです。

ちなみに、こんな話も・・・

「カトリーナはニッポンヤクザのしわざ」 お天気キャスター退社

【ロサンゼルス=岡田敏一】AP通信によると、大型ハリケーン「カトリーナ」は日本のヤクザがロシア製の特殊機器を使って起こしたもので、原爆投下に対する報復が目的−。こんな意見を米の多くのラジオ番組で紹介したお天気キャスター、スコット・スティーブンスさんが23日、勤務先であるアイダホ州のテレビ局、KPVIを退社した。

 スティーブンスさんは退社の理由について「自身の研究や突き詰めたいテーマにより多くの時間が必要なため」と話している。スティーブンスさんは同局で約10年間、お天気キャスターを務めていた。

【2005/09/24 大阪夕刊から】

戦後60年を経て、『神風』が吹いたってことですね。
Posted by 金魚 at 2005年09月29日 22:58
金魚さん、コメントありがとうございました。

アメリカのお天気キャスターは正直ですね(笑
この記事を読むと、日本のヤクザとロシアが米国民に
内心でどう思われているか・・・が、わかるような気がします。
日本から好かれている、と思っていれば、こんな妄想は
発生しないはずですから・・・。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。
Posted by 水無月 at 2005年09月30日 21:04
なかなか刺激的な文章が多く啓発されます。
わたしは広島出身ですが(市内ではなく近郊)、この記事を読んで違和感を感じません。現地でヒロシマを知っている人もそれほど多くないだろうし、原爆の惨状を知る人はさらに少ないでしょう。爆弾を落とした、のと、自然災害は違う、といえば議論はそこで終わりですが、先進国の大都市でたかがハリケーン一発であのような災害がおこる、というのは異常です(、と考えるのがまっとうでしょう。つまり、その後の調査でも明らかになったように、ちゃんと科学誌では堤防決壊を警告していたのに補強していなかったのです。つまり人為ミス)。むしろ、あの被害を見て、日本はどうなっているの?人ごとか?と考えた方がいい。



(突発的書き込みが多く恐縮です。あくまで議論を活発化するためゆえ、ご寛恕ください。わたし自営業=翻訳を営んでいます)。
Posted by yam at 2006年02月09日 12:27
 
yamさん、こんばんは♪

ハリケーン禍を人為災害と見ることは可能でしょうし、それを日本で当てはめ、反省材料にすることが意味を持つ、ということにも異論はありません。もっとも、外国人がアメリカの堤防を壊したわけではないですけどね。
災害が起きたのが例えばヨーロッパやアジアであって、その国で「ヒロシマのよう」と形容されたとしたら、私が違和感を持つこともなかったと思います。
私のこのエントリの底にはアメリカへの根強い反感(憎悪に近いかも 苦笑)がありますが、私はひとりアメリカだけを責めたいと思っているわけでもないですよ。ただ、人間というのは救いようもないほど鈍感になれる生物だ、と認識した、という記録です。
Posted by 水無月 at 2006年02月10日 02:24
わたしの母は、当日、畑で働いていて、西の山からモクモクとあがる原爆雲を見て、びっくらこいて、自宅の母に伝えた、といっている。翌日から連日のように親戚を捜しに地獄の広島市内を歩き回った(もちろん、ホトケは見つからなかった)。不思議なのは、母などが、まったくといっていいほど、恨み、の感情を持っていないこと。天皇がにくい、というわけでもなく、米国がにくい、というわけでもなく。。文字通り、「やすらかにおねむりください、あやまちはくりかえしませんから」なのですよ。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0129.html

わたし自身は、ヤンソギル↑のヒロシマ批判に強く共感している。だから、母とは議論しません。
Posted by yam at 2006年02月10日 02:49
 
yamさん、お返事ありがとうございます。
私は『アジア的身体』を読んでいないので、なんとお返事してよいか・・・。
以前、別の方と少し討論した際にも、私は自分が「ヒロシマ」を克服できていない、ことを感じました。だからといってどうしたら良いのかはわかりませんし、それを克服するのが良いことかどうか、という判断もまだできていないのが実情です。
お母さん・・・まだご存命なのですね。気持ちだけですが、ご多幸をお祈りします。
Posted by 水無月 at 2006年02月10日 03:32
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。