2006年09月13日

日本にとっての「イラク・ショック」

 

イラクの大地に最初の着弾があった瞬間 
イラク問題は米国問題に変わった


これは昔書いた日記の一部です。
日付を見ると・・・「2003年3月22日」

・・・あれから三年半。

イラクから大量破壊兵器が見つからなかったことで
米国内にはイラク戦争を疑問視する声が高まり
現政権への支持率も低下しているそうですね。
それを受け、「当時米国を支持した日本政府(小泉政権)も
大義が崩れたのだから判断の過ちを率直に認めるべきだ」
という趣旨の新聞記事を本日、目にしました。

私の意見はそれとは少し違います。
とはいえ、当時の小泉政権の判断が正しかった、などと
言いたいのでもありません。
小泉政権は間違いなく誤った選択をしました・・・が
その過ちは、いわば当時の日本国民総意の上での過ちだった
と思うのです。

誤った選択を最初にしたのは米国です。
そのことを、私の見、感じるところの皮膚感覚では
日本国民の過半数は知っていました。
しかし、誤てる米国にそれでも日本はついて行かざるを
得ない・・・というのが、当時の政府の判断であり
国民の判断でもあったろうと思います。
だからこそ、自衛隊のイラク派兵に反対する国民は
当時の世論調査によれば2/3を超えていたのに、その数が
そのまま野党へは流れないのです。

大量破壊兵器が見つからなかった・・・から
あの戦争は間違っていた、それを支持した小泉政権も間違っていた
などという論評(=正論)を今さら垂れ流して澄ましていられる
ような人々は、あまりに理解が浅い、と言わざるを得ません。
日本への理解も、日本国民への理解も、政治への理解も
浅い・・・。浅すぎる。中学生並です。
そんな書生論に政治は任せられませんし、日本の将来を
託すこともできません。
市井の国民の方が何倍も成熟しており、現実を知っている
・・・ように私には思えます。

この三年半・・・。日本は変わりました。
その遠因には確実に、「間違った派兵を、間違っていると知りつつ
それでもなお、選択しなければならなかった」苦悩という
この日本にとってのイラクショックがある、と私は思っています。
ベトナム戦争の時には日本は辛うじて派兵を免れましたが
当時と比べて飛躍的に増大した国際社会における日本の存在感が
もはや「派兵しない」選択を許されなくしています。
そのことに、日本国民は気づかされたのだと思います。

友人(仏独)の説得にも耳を貸さず、明らかに誤った道にも
堂々と突き進んでしまう未熟な超大国・アメリカ。
その米国に追従笑いを浮かべて従わざるを得ない平和主義の
敗戦国・日本。

けれどもこの、日本国民が否応無く飲み込まされた「苦悩」を
新聞各紙(メディア=知識人)も野党も、不毛な政権批判に
転化するばかりで決して正面から受け止めようとはしてくれません。
問題を孕みつつも、強引ながらも、その苦悩を引き受けようと
する姿勢を示しているのは結局のところ、与党以外にはない
ように見えます。
だから国民も、与党へ入れるしかない・・・のが現実のところ
なのではないでしょうか。

相変わらず進歩のない新聞各紙の論評に、私は深い徒労感を
禁じ得ませんでした・・・。


左派陣営が好んで用いる「右傾化」ですが、その中身には
米国(軍)に頼らずとも自国防衛を成り立たせたい・・・と
いう、苦悩にまみれた自立への芽生えが、確実に含まれている
ように思います。
改憲論議への急激な容認の風潮も、このイラク戦争抜きには
語れないでしょう。

イラク戦争後の日本を「右傾化」と評して批判することしか
できない人々・・・それは広く日本を覆っている「苦悩」に
正しく気づき、共感できていない人々でもあるでしょう・・・は
今後も国民世論の動向を読むことができず、裏切られ続ける
しかない人々です。

そうした人々に、私は同情できません。
 
posted by 水無月 at 23:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

再録・わが祖国

<お断りとお願い>
以下の内容には、人によって不快と感じるかもしれない表現が入っています。
記事の趣旨・意図は真面目なものですが、もし不快と感じられたなら、その時点でお戻りくださるよう、お願いします(特に女性はお気をつけください)。
また、15歳以下の方の閲覧はご遠慮ください。


       ◇       ◇       ◇


日本は米国に犯されたのだ・・・。それも二度も。
江戸時代末期・・・の開国と、二発の原爆によって。

そういう歴史認識・・・には
いともすんなり同意する人と、そうでない人と・・・
二種類いると思う。
それは感覚的なものだと思うから、議論しても虚しい。
犯された・・・と実感する人にとっては
それは事実としてそう思えるし
そう思えない人には、そう思えない・・・。
どちらが正しい・・・というものでもあるまい。

日本は中韓北朝鮮を犯したのだ・・・と言うことも
できよう。
これにも二種類の見方があるのは言うまでもない。

米中(+朝鮮半島)と日本との関係を考える・・・時
一度犯されたものはその傷をどう克服できるのか
・・・克服しうるのか・・・
という命題が、常にその背後から透けて見えてしまう
・・・これは私の場合。

レイプされたものは二種類の反応を示すことができる。
加害者を追及し、法廷などでその罪を認めさせ償わせる
・・・逆襲の道。
そうすることによって自己の尊厳の回復を目指すのだろう。
中韓の従軍慰安婦裁判や、化学兵器の被害者・・・が
何度も何度も提訴してくる・・・ことや
日本の反核運動・・・も
この心理に通じている・・・ように見える。私の眼には。

もうひとつの道は、レイプされた事実を葬り去って
しまうことだ。
それは最も端的には、加害者へのおもねりという形で
表れる。長いものには巻かれておく・・・。
そうすれば、もう殴られることはなく、それどころか
たまには甘いお菓子さえ、もらえるかもしれない。
ぎぶみーちょこれーと・・・。

日本と米国との関係はまさにそれだ・・・。

沖縄をはじめとする各地に点在する在日米軍基地は
瑞穂の国に今も残る毒々しいまでに紅いキスマークだ。
日本は今も犯され続けている・・・。
その事実を直視せず、あたかも両国が対等の関係に
ある・・・かのような現状認識から出発する議論は
すべて虚しい。

米国は日本を下に組み伏せながら言う。
――お前はマグロか?
 もうちょっとオレを喜ばせてみろよ!
 マネーの愛液が足りやしねぇ
 イラクへ行ってフェラの仕方でも覚えてこい!

理想と現実・・・。そう言いかえることもできる。
現実主義者は醜いか・・・。
殴られて犯された女が加害者へ媚びへつらうことは
醜いか・・・。

そうだね・・・。醜い。
見るに耐えない・・・という意味でみにくい。
だから理想主義者は苛立って罵倒するのだろう。
お前は汚い! 醜く肥えた脂肪の塊に過ぎん! と。
彼等は加害者に媚びへつらうことなく法廷で闘うことを
目指す・・・。

それは正しい。正しいから理想なのだ・・・。
しかし法廷へ行くためにはまず、犯し犯されている
ふたつの肉塊を引き剥がすところから始めねばなるまい。
それは並大抵のことではない・・・。
最低でも在日米軍を撤退させる必要がある。
・・・自衛隊と憲法。

日本が米国に犯された・・・のであれば
日本は中韓北朝鮮を犯したと言えるだろう。先の大戦。
(ただし日本は今現在、それらの国々を犯しては
 いない。それほどの力もない。これは事実・・・)

中韓北朝鮮の犯された痛みにシンクロする人々は
日本の犯された痛みをそこに投影しているのでは
ないかと思うことがある。
自己の痛みを投影し、痛い痛いと嘆き・・・だが結局は
嘆くことに終始して終わってしまうのであれば
その嘆きは、今も犯されつつある日本が上げる
喘ぎ声と変わらない・・・ように見える。
・・・なんだか気持ち良さそうだ。
犯される痛みの快楽に溺れているのではあるまいね?


祖国を犯された女に喩えるような表現は
たぶん今後ますますできなくなるだろう・・・。
(だから今のうちに書いておく)
真実と直感することを書ける場所は日々狭められている。
人権万歳!

そうしてわが祖国は今日も犯されている。



       ◇       ◇       ◇

< 補記 >
上記は2005年09月19日に日記として一度UPしたもの。最近過去日記を見直しており、今、たまたま目に入ったので取り上げてみました。
実はもうひとつ偶然があります。つい先日、私はkanteさんの【「砂の馬」のつぶやき 時事政経】・・・「ブラックレイン」でちょっとしたコメントの遣り取りをしていただいたわけですが、その内容が、まさに上記「わが祖国」を最初にUPした時にいただいた同氏のコメントとダブるものだった・・・のです。・・・既視感(笑)。

日本は三度犯された・・・というのがkanteさんの持論ではないかと思います。
が、私の感覚では、三度目の米国民主党政権による日本叩き、その結果としてのバブル崩壊と長期経済低迷は、一度目、二度目に比べたら、少しインパクトが小さい・・・のではないかと。それは私が経済分野に暗いせいかもしれません。
ただ、一度目、二度目には多くの日本人の命が失われましたからね。一度目の開国では米国が直接日本を武力で攻撃したわけではないですが、これをきっかけに日本は戊辰戦争という一種の内戦状態に陥ったわけで、人命の犠牲が出たことは間違いないと思うのです(それでいったら経済低迷で日本国内には失業者が溢れ、自殺してしまった人もいるでしょう・・・から、同じだと言われるかもしれませんが)。

posted by 水無月 at 05:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月29日

カトリーナA 消えたヒロシマ

 
彼らが語った彼女(カトリーナ)・・・についてはすでに
昨日付日記へまとめたわけですが、私がはじめに
書こうと思ったのは別のこと・・・でした。

「郡の被害について、バーバー州知事は報道機関に
 『(原爆投下後の)ヒロシマのようだ』と語った」
(朝日新聞九月二日朝刊)

私はこれを一読し、非常に強い違和感を抱きました。
そしてこの違和感を日記に記すべく、ネット上の
同記事(または同様記事)を探しはじめたのです。

が、それはなかなか見つかりませんでした。
見つからないので私は一時、これは朝日の捏造記事では
ないか・・・と思ったほどです(苦笑
しかしネットで検索した結果、米国在住の方のBLOGで
現地のTVが確かにそうした発言を流していた(そして
書き手が驚いた)ことを確認できました。
その後私は膨大なニュース記事を検索し、最終的には
【東京新聞】まで、辿り着きました。

「(原爆が投下された)六十年前のヒロシマのようだ」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050903/mng_____tokuho__000.shtml

こうして、ミシシッピ州知事が、ハリケーンで被災した
地域をヒロシマに喩えていた・・・事実は確認できたのです。

それが人為的であれ、自然災害であれ、人々の苦しみ
・・・に、違いはないかもしれません。
が、しかし、それでもハリケーンとヒロシマは違います。
ハリケーンの場合には、それを米国南西部に呼んだ
人間はいない・・・。けれどもヒロシマは、つまり原爆は
確かに誰かが、すなわち六十年前の米国人の誰かが
それを広島へ落とすことを決断し、了承し、指示した・・・。
その結果、落ちたのです。

いえ、原爆は落ちたのではなく、落とされた・・・のです。

そのことの痛みを、(落とした)人々はわかっていない・・・。
そしてわかってもらえていない・・・という落とされた側の痛みも
また・・・。


朝日新聞の同記事がネット上で配信されていないのは
もしかしたら、こうした出来事に敏感な人々への配慮
・・・であったのかもしれない、とも思います。
情報操作をも「配慮」に含める・・・とするならば、ですが。


最後に・・・。
ヒロシマのよう・・・という比喩が消えた代わりに
日本語記事では、イラクのよう、バグダットのよう・・・
戦場のよう・・・という比喩が、溢れています。
この比喩は、イラクでも報道されているのでしょうか?

私がイラク人だったら・・・と考えてみた時
略奪者・・・という言葉が俄かに、多義的かつ象徴的な
ニュアンスを帯びてくることに、驚かされたのですが。
 
posted by 水無月 at 11:10| Comment(6) | TrackBack(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カトリーナ@ 彼らが語った彼女

 
「パニックさせるつもりはないが、事態はきわめて深刻だと強調
 したい。今まで誰もが恐れてきた嵐がついにやってきたのだ」
(ニューオーリンズ市ネーギン市長 28日 48万市民に避難命令)
「とても居心地がいいとは言えない状態になるだろう」
(ルイジアナ州ブランコ州知事 28日 停電や浸水が予想される
 市内最大の避難所スーパードームに関して)
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200508290003.html

「今回の災害はわれわれにとってのツナミだ。こうした惨状を
 今まで見たことがない」
(米ミシシッピ州ビロクシ市ホロウェー市長 一夜明けた30日に)
http://www.shikoku-np.co.jp/news/news.aspx?id=20050831000138

「最悪のシナリオを避けられたと思ったら、次に悪いシナリオに
 襲われた」
(ニューオーリンズ市ネーギン市長 地元メディアに)
「避難しろと言われても、できなかった」
(バス運転手 車も現金もないため避難できない貧困層がいた)
http://www.asahi.com/international/update/0902/003.html

「まるでイラクの戦場だ」
(30日から始まったニューオーリンズ市略奪の目撃者)
http://www.asahi.com/international/update/0901/002.html

「わが国の歴史で最悪の天災のひとつ」
「復興には長い時間を要する。何年もかかるだろう」
(ブッシュ米大統領 31日 休暇先から戻り記者団に)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050901id01.htm

「これで寝室が造り直せる」
(事前にニューオーリンズを脱出し、大破した自宅を訪れた
 白人男性 家に保険金が掛けてあったため)
「打撃を受けているのは貧しい人ばかり。彼らは家を失い
 絶望している」
(ニューオーリンズ市から脱出した福祉団体職員 2日)
http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20050902it15.htm

「我々が助けを求めても政府は何も分かっていない。
 イラクの人々は米国に来てほしいと頼んだのか」
「とっとと腰を上げて、米国史上最大の危機に対応すべきだ」
(ニューオーリンズ市ネーギン市長 2日)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20050903AT2M0300W03092005.html

「彼ら(イラク帰還州兵)は(自動小銃の)M16を持っている。
 実弾が入っている。射撃の仕方、人の殺し方も知っている。
 もし、必要なら、そうすることにちゅうちょしないだろう。
 私もそうしてくれることを望む」
(ルイジアナ州ブランコ州知事 1日)
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200509020026.html

「(ハリケーンによる被害で治安が悪化するニューオーリンズ
 市などに関する)メディアの扱い方に嫌気が差す。白人なら
 食べ物を探しているとみられるのに、黒人については略奪犯扱い」
(グラミー賞受賞歌手カニエ・ウェスト 2日 慈善コンサートにて)
http://www.cnn.co.jp/hurricane/CNN200509030015.html

「こうしなけりゃ生きていけない」
(略奪者 TVのインタビューに答えて)
http://www.asahi.com/international/update/0902/004.html

「現状(の救助活動)は十分ではない」
(ブッシュ大統領 2日 地上からの視察後 救助の遅れを認め)
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200509020025.html

「国家の恥だ」
「(スマトラ沖大地震の)津波被害に莫大(ばくだい)な支援を
贈った我々の国は、足元のニューオーリンズ一都市を救えない」
(緊急支援活動を担当している当局者がAP通信に)
http://www.asahi.com/international/update/0902/010.html

「時間がない。我々は、あと一晩生きられるだろうか。
 だれに頼ったらいいんだ……」
(ニューオーリンズ市ネーギン市長 2日 ラジオ番組で)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050903id01.htm


「彼等」が語るカトリーナ・・・。
posted by 水無月 at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。