2005年11月27日

全裸で自殺・・・の謎 耐震強度偽装問題

今や大問題となってしまった耐震強度偽造問題ですが
ついに死者が出てしまったようですね。

問題の姉歯建築設計事務所に構造計算を発注していた
森田設計事務所の代表であり建築士でもあった森田氏が
鎌倉市の海岸で遺体で見つかったそうです。

ただ、ちょっと気になることが・・・。


鎌倉署の調べでは26日午前11時半ごろ、鎌倉市稲村が崎の鎌倉海浜公園の海岸岩場の海面に、森田さんが浮いているのをサーフィンをしていた会社員(48)が見つけた。森田さんは高さ約17メートルのがけ下に、全裸で白色の肌着とYシャツが左手に巻きついた状態だった。

【サンスポ】http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200511/sha2005112701.html
(リンクが切れてる場合はこちら↓保存画面をご覧ください
 http://yohaku.up.seesaa.net/image/sansupo_gazou.html

自殺する時に全裸になるものでしょうか?

水死の場合、長く海中などを浮遊しているうちに
衣服が自然と取れてしまうこともあるようですが
今回は「17メートル」上の崖から飛び降りた・・・という
ことまで明らかになっているわけで
服が脱げるほど漂っていたはずはない・・・。
11月も終わりというこの季節に全裸になって自殺する
というのが、なんとも異様な感じです。

可能性として高いのはサンスポの誤報でしょうね。
私がほかの関連記事を読んだ限りでも
全裸としているのはこのサンスポのみです。
ほかは大体こんな感じ↓。


 調べでは、二十六日午前十一時半ごろ、鎌倉市稲村ガ崎の鎌倉海浜公園のがけ下約二十メートルの海岸波打ち際で、サーフィンをしていた男性会社員(48)が岩場に挟まりうつぶせになっていた森田さんを発見し、同署に届け出た。

 森田さんは、白いワイシャツに黒いズボン姿で同署員が駆け付けた時は既に死亡していた。右足を骨折していたことなどから、がけから飛び降りたとみている。

【東京新聞】http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20051127/mng_____sya_____010.shtml

なぜサンスポだけが全裸としたのかは疑問ですが
この報道に関しては実はもうひとつ、不可解と感じた
点があります。
それは、自殺との断定が早すぎないか・・・ということ。

各紙報道によれば遺体が発見されたのは26日の午前11時半頃です。
そして同日の17時50分にはもう、自殺報道が出ています。

 耐震強度偽造問題で、姉歯建築設計事務所に構造計算を発注し、行方不明になっていた東京都内の設計事務所経営の男性(55)の遺体が26日、神奈川県鎌倉市の海岸で見つかった。県警は自殺とみている。

【徳島新聞】http://www.topics.or.jp/Gnews/news.php?id=FN2005112601004114&gid=F01
(リンクが切れてる場合はこちら↓保存画面をご覧ください
 http://yohaku.up.seesaa.net/image/morita_gazou.html

つまり県警(と警視庁)は、遺体を発見した段階で
ほとんど即座に自殺と判断し、そのように発表したのでしょう。
森田氏の行動の経緯はおおむね以下の通りです。


18日 読売新聞の取材に答える。
 「建設費が安上がりで経済的な設計をしてくれる事務所があると、
 ヒューザーから紹介されたのが始まり」「正当だと思っていたから
 姉歯を下請けに使ったが、森田の名で建築確認を受けている以上、
 責任を感じている」など。

22日 東京都の立ち入り検査。都に対し
 「偽造とは知らなかった」
 「これから仕事はこなくなるだろう」
 「電話恐怖症になっている」などと語る。

24日朝 乗用車で自宅を出た後、行方不明。
 午後9時ごろ家族が警視庁麻布署に捜索願を提出。

 事務所に「収拾がつかなくなった」
 「周囲に迷惑がかかってしまう」などのメモを残す。
 【読売新聞】http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20051126it13.htm

 自宅に「姉歯の関係で処理が追いつかない。ほかの設計事務所に
 迷惑をかけてしまう。もう無理です」というメモを残す。
 【TBS】http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3168882.html

25日 神奈川県茅ケ崎市内の駐車場で車が見つかる。

26日 11時半、遺体発見。



落ちた崖の高さが約17メートル(サンスポ)、
17メートル以上(読売新聞)、約20メートル(東京新聞)、
約20〜30メートル(日経新聞)などとまちまちなのも
気になりますが、たぶん、まだ情報が錯綜しているだけ
・・・と見るべきでしょうね。

亡くなった森田氏の行動を並べてみたのは、なぜ
自殺と断定されたのか、を知りたかったからです。
遺書はなく、メモだけ・・・。
そのメモも、自宅(東京都狛江市)からと事務所(世田谷区)
からと複数説が流れているようです。
しかも誰が発見したかも明らかではありません・・・。

探偵ごっこをするつもりはありませんが、ちょっと
ネット上を検索しただけでも、なんだかいろいろ
気になる事件です。
森田氏は本当に自殺なのでしょうか・・・?


気になるといえばこの発言も。

自民党の武部勤幹事長は26日、北海道釧路市で講演し、耐震強度偽造問題に関して「悪者探しに終始すると、マンション業界つぶれますよ、ばたばたと。景気がこれでおかしくなるほどの大きな問題です」と述べた。自らが農相当時に牛海綿状脳症(BSE)問題への対処で批判されたことを引き合いに「対応を気を付けないといけない。寝られないでしょう、大きい地震が来たら自分のマンションがつぶれるという話ばかりされると」とも指摘した。

【サンスポ】URLは上と同じ

「マンション業界つぶれますよ」・・・って、いったい
誰に向けて言っているのでしょう?
なんだか脅迫に思えてしまうのですが(笑

業界が潰れるより、高層マンションが地震で潰れることの
方が重大、と感じるのが普通の感覚だと思います。


     ◇     ◇     ◇


【 ま と め 】 (27日13時補記)


森田氏が自殺でない・・・証拠など、素人の私にはもちろん
提出することはできません。

しかしもし、サンスポの報道が単なる誤報でないとしたら・・・?
「全裸で白色の肌着とYシャツが左手に巻きついた状態」が
「白いワイシャツに黒いズボン姿」など他紙の報道より妙に
具体性があるのも気にかかります。
また
「周囲に迷惑がかかってしまう」
「ほかの設計事務所に迷惑をかけてしまう」というメモも
森田氏が悩んでいた証拠と受け取れる反面
同氏が口を割ることで「迷惑」を受ける人間が大勢いた、こと
をも、示唆しています。

武部幹事長の発言も、同じ趣旨でしょう。
この問題が長引き、徹底的に調査をされると、どうやら
困る人間がいるらしい・・・のですね。
なんだか怪しい臭いがプンプンします(苦笑
なんといっても建築業界・・・ですし。

一方で、右足の骨折(つまり検死結果)から
同氏が崖から飛び降りたことは証明できるとしても
彼が自分の意思で飛び降りたのか、それとも
誰かに突き落とされたのか、を判断するのは
そんなに簡単なことではない・・・はずです。
なにしろ目撃者もなく、遺書も見つかっていないのですからね。
それなのになぜ、県警や警視庁は捜査らしい捜査もしていない
わずか数時間後という早い時期に、自殺と断定してしまうので
しょうか・・・? これも不可解です。


日本では昔から、大きな社会問題が起こると、時として
渦中の方が自ら命を絶ってしまう、ということがあります。
そしてそうなった場合、犠牲者が出たという痛ましさから
そもそもの問題を追求する矛先が、つい、いつのまにか
鈍ってしまう、という傾向があるように思います。

今回の強度偽装問題もそうなってしまいそうで嫌な気分に
なるわけですが、それとはまた別の問題として、そもそも
森田氏は本当に自殺なのかどうか・・・が疑問だということを
私は指摘しておきたいと思います。


※関連エントリ
耐震強度偽装問題・・・資料編
耐震強度偽装問題・・・意見・感想編
posted by 水無月 at 10:35| Comment(4) | TrackBack(2) |   ◇耐震強度偽装問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月25日

無防備地域宣言

または、無防備都市宣言・・・。

護憲運動のひとつの具体的な形・・・と捉えました。
すでに四年ほど前になりますが、とある場所(非・2ch)で
新しい歴史教科書を巡る掲示板論争に半ROM半参加していた
時期があり、その時反対派(つまり左派)の方の書き込みに
「武力放棄の結果、外国から攻められたらどうするか
 戦争するより無条件降伏した方がマシ」
というのがありました。
結局、この書き込みを最後に、私の目からは有意義と思えた
論争も終結してしまったわけですが
右派の方・・・から言わせれば、そういう発想をする人とは
もはや会話不能、ということだと思います。

左派(リベラル) VS 右派(保守) の構図とは
結局のところ、国家と個人と、どちらに軸足を置くか
ということなのでしょう。
個人の平和な生活なしに国家の存在は語れない
(国家は個人を守るためにこそ存在する)・・・と見る
左派は、だから、戦争放棄を謳う九条をなくすなら
「この国はもう終わり」だから「海外移住したい」などと
平気で言ってしまう(コメント欄などで)。
平和な国家があってこそ個人の生活も守られる・・・とする
右派は、国の安全を図るためになにができるか、すべきか、の
観点から語ろうとする・・・。

そうした立ち位置の違い、発想の違い・・・自体は
私は意義あることと思っています。
世の中が同じ意見で染まってしまうことは恐ろしい・・・と
思うので。しかし少なくとも民主主義体制下においては
国家は個人の(投票活動などによる)意思の集合体なのであり
したがって個人自体も国を構成する細胞ひとつひとつなのだ
ということを忘れたかのような議論は
どの立場からのものにせよ、グロテスクで無効なものと
私は判断せざるを得ません。

喩え言葉の綾・レトリックであったとしても
海外移住を口にした時点で、その人は国政に関して語る
資格を失ったも同然だと思います。
同様に、無条件降伏を発想した時点で、その運動も
国政に関しての影響力を自ら放棄した・・・と同じこと
なのでしょう。

国政に関しての・・・つまり改憲に関しての。

無防備都市宣言は戦争状態での国際間紳士協定である
ジュネーブ条約をその大きな思想的支柱に据えている
わけですが、ということは
戦争状態になる以前の出来事には一切関与しない
という意思表示と受け取られても文句は言えない

でしょうからね・・・。


改憲への抵抗・・・草の根の。
左派的発想の具体例が、この無防備都市宣言運動では
ないかと思うわけですが、実効性、理論、ともに
あまり評価できるとは思いません。
・・・別の取り組みを期待したい・・・ところです。


     ◇     ◇     ◇


資料【「無防備地域」宣言 国防協力を拒否? 21自治体、条例化へ署名運動】Yahooニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051121-00000001-san-pol

 ジュネーブ条約で有事の際に攻撃が禁じられている「無防備地域」の宣言をするよう地方自治体に求める運動が全国に広がりをみせている。これまでに宣言条例が成立した例はないが、確認されただけで二十一区市町で署名活動などが進められている。国の責任で行う防衛行動を自治体が制約することには疑問があるほか、国民や自治体に協力を定めた国民保護法、武力事態対処法に正面から反する問題点も指摘されている。 
 運動が展開されているのは、札幌市、苫小牧市、東京都国立市、神奈川県藤沢市など二十一区市町(判明分)。「宣言すれば平和を確保できる」「武力攻撃を免れることが可能」などの合言葉で戦争不参加や反戦を呼びかけ、自治体に「無防備地域」宣言の条例制定を請求するため署名運動などが進められている。
 すでに全国規模の連絡組織もできており、署名が法定数に達した大阪市、大阪府枚方(ひらかた)市、兵庫県西宮市などでは市議会に条例が提出されている。
 ジュネーブ条約追加第一議定書は「紛争当事国が無防備地域を攻撃することは手段のいかんを問わず禁止する」と規定。敵国の占領や攻撃に対し、抵抗も武装もしない地域を無防備地域とし、敵の無血占領を認め、無条件降伏を宣言することで、消耗戦や敵の不必要な攻撃をやめさせ、住民の無用の犠牲を防ぐのが本来の狙いだ。
 ただし、地域に指定されるには、(1)すべての戦闘員や移動兵器、移動軍用施設が撤去されている(2)固定された軍用施設や営造物が敵対目的に使われていない(3)当局や住民による敵対行為がない(4)軍事行動を支援する活動がない−などが必要条件。宣言してもこうした条件を満たせない場合は背信行為とみなされる。
 しかし、自衛隊の施設などの管轄権は自衛隊法で内閣総理大臣にあると規定され、地方自治体には与えられていない。政府や自衛隊などと合意なしに戦闘員や軍事施設の撤去などを地方自治体が実行することは非現実的だ。
 国民保護法なども自治体に国の方針に基づく協力義務を定めており、自治体が条例でこうした条件を確保する規定を勝手に盛り込む行為は、国防への協力拒否を意味するだけでなく、仮に条例が制定されても法律違反として無効とみなされる可能性が高い。
 ジュネーブ条約はこれまでも守られないケースが多々あり、「条約に依拠して宣言したところで地域住民の安全は守れない」といった声も出ている。
 これまでに、条例を可決した自治体はないものの、運動自体は次々と別の地域で展開される状況が続いている


posted by 水無月 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(4) | 国内(憲法・改憲) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

皇位継承・・・Y染色体の世代間連続性について

※(2006年2月18日 補稿しました)

皇位継承問題に関して、男系維持派はしばしばY染色体を持ち出します。
かくいう私もそうですね(笑

先に述べた【皇位継承・・・「双系VS男系」論の底】の中で、私は次のように書いています。

なお私個人・・・に関して言えば、女系天皇が誕生した時点で、天皇制へ寄せる仄かなロマンは潰えるだろうと思います。私の中の天皇制は126代(現皇太子殿下)を持って終焉を迎えるでしょう。文献上の神武天皇・・・そしてさらに神話上のイザナミ尊(のY染色体)へ辿り着くことのない天皇には、古代へと通じる血のロマンを感じることができません。


つまり私が男系維持を希望するのは「血のロマン」を感じるせいであり、それを具体的に表すのがY染色体だというわけです。
(※2006/2/18補記 引用文で「私個人は」と断っている通り、「血のロマン」という話が通用するのはあくまで個人のレベルの話だと思います。本エントリの主題は「Y染色体の世代間連続性」という事実をわかりやすく説明することですが、その世代間連続性にロマンを見出すかどうかは個人個人でご判断いただけばよいことです。
ただし、単なる個人でなく、一国民、一日本人の立場から社会論、天皇論として皇位継承問題を考え、かつ論じる際には、「血のロマン」は「日本の天皇家の伝統」に置き換わるでしょう。天皇家の伝統や、それを支えた祖先の意思があったからこそ、「Y染色体の世代間連続性」という事実から初代天皇のY染色体なるものが予想され、今になって話題になるのですからね。天皇家の伝統がまずあり、Y染色体はあとから導き出されるものなのです。
繰り返しますが、初代天皇のY染色体に個人が「ロマン」を感じようが感じまいが、皇位継承問題の本筋からすればどうでもよいことです。しかし、私が勝手に感じ取った「ロマン」を生み出す母胎となったところの天皇家の伝統、歴史、それを支えた祖先達の意思・・・は、社会論、天皇論、あるいはもっと広く日本国は今後どうあるべきかという国家論の場面でも決して軽視してよいものではないと考えます。天皇家の伝統や文化や歴史をどのように捉え、解釈するか、が、皇位継承問題を考える上でも重要なポイントとなっているはずですから。ちなみに一国民、一日本人としての私の見解は、125代分の伝統を重視すべきである、というもので、当エントリの最後の【まとめ】で述べてあります。
皇位継承問題の本筋からすれば瑣末なものにすぎないY染色体ですが、だからといって「Y染色体の世代間連続性」を説明する当エントリの存在意義がないとは思いません。日本人の中には、私と同様、初代天皇のY染色体という概念に「血のロマン」を感じる方もいるでしょうし、そもそも減数分裂の仕組みを知らない、という方もいるでしょう。私が自ら調べて得た知識をネット上に公開することは、そうした方々の知識欲を満たす一助になれるだろうと思うからです)

しかしどうも、中には遺伝の仕組みを知らずに議論をしている方もいるようです。「XとかYとかはよくわからないけれど」「125代の間にはどうせ様々な血が混じっているのだし」「万世一系なんて意味ないんじゃないの?」という認識の方には、どうやら遺伝の仕組みを理解してもらうのが一番だと思います。

が、はじめは専門家の説明を探し、適当にリンクして解説すればすむ程度の話と思っていたのですが、どうやら見当たらないのですね(汗)。あれこれ検索するより自分で描いたほうが早いと思い、急遽下手な図を用意しました。
なお、私は生物学は高校の授業で習った程度です。減数分裂については、ミトコンドリア・イブ仮説が話題になったころにひと通り理解し、Y染色体の世代間連続性については『アダムの呪い』ブライアン サイクス (著)で、納得しました。その程度の知識しかない私の説明ですから、もしかしたら間違っている箇所もあるかもしれません。誤りにお気づきの方はどうぞご教示くださいませ。



【 血は混ざってもY染色体は混ざらない 】

それでは今から遺伝の仕組みを説明します。まず、下の図をご覧ください。


◇ 【図1 細胞核の中の染色体イメージ】

   dankei_11

人間の細胞はすべて23対46本の染色体を持っています。染色体はもとから染まっているわけではないようですね。細胞核の中身をなにかの染色液で染めた時、くっきり染まって顕微鏡での観察も容易にできるもの・・・それが染色体です。そしてその中に遺伝子が入っています。

染色体46本は普段はバラバラの状態で核の中を浮遊していますが、生殖細胞(精子・卵子)を作るための減数分裂をする際には、独特の動きを見せます。46本が2本ずつ寄り添い、対になるのですね。男女がペアになってワルツを踊るように。ここから、46本は23対であることがわかるのです。

そして23対の染色体は、22対の常染色体と、1対の性染色体に分けることができます。つまり44本の常染色体と2本の性染色体です。これをイメージに表したものが上記の図1です。赤いのが性染色体で青いのが常染色体です(図1ではG1〜22で表しました)。

図1を今後の説明でわかりやすいように整理してみたいと思います。
生殖に関わる減数分裂時、常染色体の動き方は22対で共通しています。しかし性染色体だけが異なる動きをします。そこで、22個の同じ絵を描くかわりに、以下では「×22対」と表すことにします。
一方で性染色体ですが、まず、これが人間の性別決定に関わっていることをご理解ください。
性染色体にはXと呼ばれる長いものと、Yと呼ばれる短いもの、二種類があります。そして一人の個人の各細胞の中にある染色体セットのうちの性染色体が、XとXの組み合わせであれば女性、XとYの組み合わせであれば男性、なのです(なお、稀に遺伝上の性と、肉体上の性、または精神上の性、などが一致していない場合もあります。が、その問題はここでは割愛させてもらいます。本稿のテーマは皇位継承問題ですから)。

すると以下のようになります。

◇ 【図2 性染色体から見た男と女】

    dankei_12

この中では男と女、それぞれの染色体セットのイメージを描きました。今後この男女の間に子供が生まれることを考えますので、そのまま父と母になります。

しかしこの男女の染色体は、実はそれぞれの父母(つまり今から誕生する子供にとっては祖父母)から、それぞれ受け継いだものなのです。父母もまた、もとは、それぞれの父母の精子と卵子が受胎した結果、誕生した子供なのですからね。人間の染色体が23対であるとは、23本を父から、23本を母から、受け継いだということなのです。
これを図に表してみます。


◇ 【図3 父と母の染色体は祖父母から受け継いでいる】

    dankei_13

色で区別してみましたが、おわかりでしょうか?

ではいよいよ赤ちゃん誕生までの減数分裂の様子を辿ってみましょう。


◇【図4 減数分裂から誕生まで】

    dankei_hokou.PNG

(上の図で、わかった! という方は、どうぞ↓の【 まとめ 】まで読み飛ばしてください)

生殖は精子・卵子の製造からはじまります。
最初は通常の体細胞と同じ染色体だったものが、まず、複写されて2倍に増えます。この複写はDNA鎖を解き、単独になったそれぞれの鎖に、例のグアニンにはシトシン・・・という具合に適合する塩基がくっつくことで果たされます。このあたりの詳細な説明は省きます。

こうして2倍になったのですから、核の中には23対×2の46対、92本の染色体がひしめいていることになります。
するとこの46対が、次にはそれぞれの対単位でくっつくのです。23対だったものが倍に増えた状態で、なおかつペアとくっつくのですね。この際にはペアを探すような面白い動きが見られるそうです(が、私はあいにく実際に顕微鏡で見たことはありません)。

そうしてくっついた2対(4本)の間で、次には遺伝情報の交換がなされます。つまり祖父由来の遺伝子と祖母由来の遺伝子とが、その子が体内で精子・卵子を作る段になってはじめて、文字通り交わる(混じりあう)わけです。
これはどうやら物理的に、DNA鎖の一部がちぎれて、相手の同部分と交換される形で起きるようですね(私の理解では)。なんともダイナミック(というか乱暴というか 汗)で、呆れてしまいますが、そういうもののようです。こうした遺伝情報の遣り取りをするメリットは、それぞれのDNA鎖の不備や欠損を補うことができる、ということだそうです。

また同時にこの時、どの部分が交換され、あるいは交換されないか、は完全に偶発的でランダムであるため、結果として交じり合い方は毎回違ったものになります。これが、それぞれ膨大な長さのDNA鎖であるところの46対(または44対)について起こるので、結果的には一人の人間がつくる精子や卵子のどれひとつとして、同じものはない、ことになります。人間の遺伝的個性(両親が同じ兄弟であっても身長が違うなど)はここに由来しています。

さて、以上は常染色体の話ですが、実は性染色体だけは違った動きをします。
性染色体のX染色体とY染色体だけは、寄り添うところまではするものの、遺伝子交換をすることができないのです。
したがって、女性体内の減数分裂(卵子を作るための)では、ほかと同様にX染色体とX染色体がくっついて情報交換をするのですが、男性体内の減数分裂(精子を作るための)では、X染色体とY染色体はそれを行わないのです。
ほかの染色体が(情熱的な?)遺伝子交換をしている間、X染色体とY染色体は慎み深く身を寄り添わせ、じっと仲間の用事が終わるのを待っています。そして仲間の染色体がすっかり満足しそれぞれのペアから離れる頃、X染色体とY染色体も永久の別れを告げるのです。(※2006/2/18 補記後述)
こうして遺伝子交換をしたあとで、それぞれの染色体は、元が祖父由来だったもの、祖母由来だったものとに分かれ、一度細胞分裂します。
この時できる細胞には(最初に複写されているため)普通の体細胞と同じ23対の染色体が含まれます。ただし、その中身は祖父由来、祖母由来に弁別され、なおかつ(精子の性染色体をのぞいて)遺伝情報を交換したものとなっています。

この細胞がそれぞれ、そのまま二度目の分裂をすることによって、精子、卵子へと成長するのです。


ここまでの説明で、Y染色体が父から息子へ、ほかの遺伝子と交わることなく受け継がれることがおわかりいただけると思います。


※2006/2/18補記 先日、当エントリへのコメントにて、Y染色体とX染色体も交叉(遺伝子交換)をする、というご指摘を頂きましたので、もう少し詳細に説明します。
X染色体とY染色体も、実際には遺伝子交換をします。ただしそれは、常染色体の場合のように、染色体全体において、ランダムに行われるわけではありません。X染色体とY染色体では大きさがまるで違うため、それは不可能なのです(したがって長い間両者は交叉をしないと考えられてきました)。
X染色体とY染色体の交叉は、毎回決まった場所=両染色体の先端部でのみ、行われます。大きいX染色体が小さなY染色体にあわせて曲がり、常染色体のように時間を掛けてではなく、短時間で先端部のみ遺伝子交換をする、と考えられます。
(ハエの減数分裂を観察したブライアン・サイクスの言葉を借りれば「ほかの染色体が親密に絡み合っている一方で、X染色体が先端をくるりと曲げて、ほんの一瞬、この小さな染色体の先端に触れたのだ。ほかの染色体が長い抱擁を交わしているとすれば、こちらは頬にちゅっとキスして程度の触れ合いだった」『アダムの呪い』71P)
遺伝子交換が先端部以外で行われる、ということはこれまで(遺伝病のケースを除けば)報告されていません。したがってY染色体の先端部を除いた部分は、父系遺伝を調べるマーカーとして、母系遺伝の場合のミトコンドリア同様、様々な分野で活用されています。遺伝子交換が行われる先端部分は染色体全体からすれば限られたごく一部であり、またXとYとで遺伝子交換が可能な、つまり性差に関わらない部分である、こともわかっています。
Y遺伝子とは広義にはY染色体に含まれる遺伝子、のことですが、上記のような理由から通常は「Y染色体のうち遺伝子交換が行われない部分に含まれる遺伝子」の意味で用いられています。「遺伝子交換が行われない部分」がY染色体に存在する、ということに大きな意味があるからです。とりわけ父系の世代間連続性が話題となる場面での「Y染色体」あるいは「Y遺伝子」は、X染色体との遺伝子交換をしない部分のY染色体や遺伝子に注目している、ということを、補足説明させていただきます。
以下の【まとめ】でも、そうした意味で「Y染色体」「Y遺伝子」という言葉を用いています。




【 まとめ 】

男系維持派がY染色体にこだわる理由は、ひとえに、上に述べたような遺伝の仕組みからです。
(2006/2/18補記 Y染色体にこだわる理由は遺伝の仕組みからですが、男系にこだわる理由が遺伝の仕組みやY染色体にある、というわけではありません。どうやらこの一文を読み違える方が多いようなので、あえて補足しておきます)
世代を重ねるにつれ、遺伝子は交じり合います。125代も経た後では、1/2の125乗ですから、初代天皇の血など、あってなきが如し・・・のようなものでしょう。
それでもY染色体だけは、一度たりともほかと交わることなく、ここまで受け継がれてきた・・・のです。
翻って、上の【図4】の「父」と「母」を現皇太子殿下・妃殿下と置き換えてみると、内親王愛子様の遺伝子がどうなっているかも視覚的にわかると思います。
とりわけ、愛子様の性染色体に関して言えば、母の雅子様と祖母の美智子様から受け継がれたX染色体の遺伝子を持つだけで、天皇家由来のものなど一塩基も入っていません(もっとも、私は男系女性天皇に反対する立場ではありません。ただ、その次の世代が問題だと考えています)。
男系維持派が、天皇の天皇性とは、と問題にするのは、上記のような背景があってのことなのです。

このように書くと、女系容認派の方々は、もしかしたら次のように言われるかもしれません。
これまでの天皇家の歴史の中で、本当にほかのY染色体は入っていないのか!? と(苦笑
遺伝的側面を強調するなら、このような疑問が出るのはもっともなことです。
仮定の話なら言い放題とばかり、では現存の天皇家由来の男系男子(大昔に天皇家から臣下へ下った公家や武家の跡取り息子達まで加えれば何千、何万人いるかわかりませんが)の遺伝子チェックをしてみよう、とまで言い出す人もいるかもしれません。そこで天皇家由来の男系男子のはずの人々のY染色体遺伝子に多種の系統があったらどうするのか、と。

私は、これに対しては次のように答えたいと思います。
文献上の直系(今上天皇)のY染色体の遺伝子こそが、初代神武天皇の遺伝子なのです、と。
なぜなら、文献上、天皇家はこれまでずっと、男系相続できたからです。
考えてもみてください。すでに過去のものとなってしまった文献上の正統性を覆す証拠など、現代では誰にも提出し得ない・・・でしょう。
たとえ天皇家由来の男系男子Y染色体に多種の系統があったとしても、今上天皇のY染色体以外のものは、その枝分かれしたあとで、ほかのY染色体に置き換わったと考えるだけのことです。

そして文献上、ここまで系図を必死に確保してきた家柄は、日本では天皇家をおいてほかにはありません。
これは誰しも認めるところでしょう。

さらにそして、ですが、では、なぜ天皇家の系図はここまでしっかりと記録されているのでしょうか? それは紛れもなく、代々の天皇家の人々が(おそらく一般の日本人も)男系相続を続けてきた天皇家の系図を保存しよう、保存しなければ、と125代の永きに亘りずっと、願い、努力してきたからではないでしょうか?

遺伝子の概念が出てきたのはつい最近のことです。けれどもそんな概念などない時代から、天皇家は男系相続を続けてきました。そこには確かに、皇位は男系で相続されるべきもの、という人々の意思があったはずです。

私が男系維持に賛同するのは、それだけの年月を経て降り積もった、無数の人々の意思、その願いと努力の重さに、畏れ(おそれ)を抱くからです。
伝統の重みとは、そうしたものでしょう。

125代に亘って継続されてきた伝統そのものに、私は畏怖の念を抱いています。


女系容認の立場の方々には、男系維持派がY染色体を持ち出す背景にある、伝統への畏怖や敬意、といった思いまでをきちんと受け止めたうえで、議論して欲しいと思うのです。


posted by 水無月 at 02:59| Comment(33) | TrackBack(0) |   ◇皇位継承問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月20日

補記【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】

先にUPした【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】の中で、私は二度、「質問の意図がわからない」と書いています。
これだけでは私がそう書いた理由がわからず、不親切(またはぶっきらぼう)で、質問集への苦言、と読めてしまいますよね。
質問集作成に関係した立場の方々がこちらをご覧になることも想定し、なぜそのように思ったのか、説明しておきたいと思います。

まず質問8

◇8.日本人拉致被害者のみならず、その他外国人の拉致被害者、また、北朝鮮国内における人権問題の解決も併せて目指していくべきだ。(#自国以外における北朝鮮問題をどの様に捉えているか?)

 (1)当然である。自分達だけ助かれば良いという考えは、道徳的にも国際的にも、到底受け入れられる事ではない。
 (2)もちろん、これらの問題が解決するに越した事は無いし、日本政府も取り組んでいくべきだとは思うが、優先順位は考慮されて然るべき。
 (3)まずは自国の拉致被害者を救出する事が先決である。あれこれ手を広げた結果、拉致被害者救出に支障をきたしてしまっては本末転倒である。
 (4)その他。
◆設問の意図が不明です。
本心では(3)です。なぜなら、日本は自国民さえ救出できずにいるわけで、そのような国が他国民の人権まで配慮するのは分不相応で滑稽でさえあるでしょう。
ただし現実に日本だけでは自国民を救出できないからこそ、他国と連携を取っているのですから、そうである以上(つまり他国の協力を仰いでいる以上)、他国の拉致被害者の救出にも誠心誠意努力するのは当然のことです。
北朝鮮国内の人権問題に関しては、日本が考える必要はありません。他国民の人権を守るためという口実でイラクを攻撃したような愚をアジアで許してはなりません。もしもそうなった暁には、泥をかぶり、無限に近い経済的損失と歴史的怨恨を背負うことになるのは日本なのですから。


個人の本心としては(3)の自国主義ですが、対外的、外交的には(1)の国際協調も重視しなければならない、というのが、私の考えです。
そうであれば、そのように書けばよかったのですね。
そこを「設問の意図が不明」と最初に反応してしまったのは、「あなたはどのように考えるか」と「日本はどのようにすべきだとあなたは考えるか」の二つの質問を一度にされたように感じてしまったからです。

両者は多くの場合一致するものでしょうが、少し複雑な問題になると、個人としての意見・立場は○○だけれども、日本や政府の対応としては□□が妥当だと思う・・・のようにしか答えられない場合があります。個人としての意見を訊かれているのか、日本の対応について訊かれているのか、が掴めず、迷ってしまった気持ちが、「設問の意図が不明」という言葉になりました。

この質問集全体について感じたことですが、冒頭に回答者(この場合には私)への問いかけ文がないのですね。
「あなた自身の考えを記してください」「日本はどのようにすべきだと思いますか?」または「解決のための運動はどのような形であるべきだと思いますか?」というような言葉がある方が答えやすいのではないかと思います。



次に質問10

◇10.この運動をきっかけに日本の愛国心の高揚を図り、他の様々な問題に対しても応援に向かい団結していくべきである。(#「運動」のあり方に対する考え方、日本国においての拉致問題の位置付けをどの様に考えるか?)

 (1)その通り。拉致問題と他の国益に関する問題は直接は関係ないが間接的には関係している。問題は愛国心だ。
 (2)何とも言えない。
 (3)反対。政治的なイデオロギーを持ち込むと運動の方向性が拡散するし、敬遠する人も出てくる。むしろリベラルな人でもこの問題には賛同するし怒りを覚えるという立場が大事。
 (4)その他。

◆これもまったく意味不明・・・(苦笑
愛国心と拉致問題がなぜ、どのような必然性で繋がるのかわかりません。
愛国心に関係なく拉致問題は解決されるべきであり、そのほかの問題も同じです。たとえば、対中、対朝鮮、以外にも、対米、対露、対欧、対中近東、対オセアニア・アジア、対アフリカ、対南米・・・など、国益に直結する外交問題は山ほどありますが、それと拉致問題と愛国心とはどのような関係にあると設問者はお考えなのでしょう?
質問内容に愛国心の定義を加えるべきではないでしょうか。身内でだけ通じる文脈では、質問テンプレの広範な普及は望めないように思うのですが・・・。


私の回答自体から「愛国心」という言葉へのアレルギーが透けて見えるかと思います(笑
(なお、私が「愛国心」に懐疑的なのは、この語が奇妙にも、天皇制など特定分野の国内問題と、対中・対朝鮮との外交問題に際してのみ頻発し、それ以外の政治問題に関しては語られることがないからです。特定の分野・国家にのみ有効な「愛国心」・・・とはなんなのかと思うわけです)
回答で書いた通りなのですが、愛国心という言葉からなにを思い浮かべればよいのか、記述して欲しかった・・・です。たとえば、質問の冒頭に「最近では竹島問題や靖国問題、在日の人々への参政権付与問題、などもあるが、(この運動をきっかけに・・・)」というような一文を入れるだけでも、「国益」「愛国心」などのイメージが明確になるような気がしました。

回答例の中にある「国益」「イデオロギー」「リベラル」という語の用いられ方から推察するには、この質問集は非「リベラル」、おそらく「保守」系の人々が作成し、同じ「保守」系の人々に読まれることを想定しているのではないかと思いました。しかし「保守」系と自覚していない人々の意見を収集することこそが、実は運動にとっては有益なのではないかと思うのです(だから私は答えました)。
そうであれば、質問集の回答者が当然に「保守」系である、かのような作文は・・・どうなのでしょう? また、もし、回答者を特に「保守」系の人々に限らないつもりの質問であれば、少々不親切ではないかと(つまり、私のような立場の人間にとっては、意味が通じにくいということです)。
さらにまた、「むしろリベラルな人でもこの問題には賛同するし怒りを覚える」という回答例がありますが、ここには「非・リベラルな人でこの問題に無関心な人はいない」という前提が隠されています。そのように決め付ける態度・・・に、私はなんとはなしに危ういものを感じるのです。運動を自ら狭めたり、回答者を質問集が選んでしまう・・・というような。逆に、「保守」系の発想であっても、なんらかの理由でこの問題に心的距離をおく立場の人・・・の存在を、考慮しなくてよいのでしょうか? もしそうした人がこの質問集を目にしたら、やはり戸惑いを感じると思うのですが。
「リベラル」と名指しせず、「政治的立場にかかわらずこの問題には賛同するし怒りを覚える」とした場合にはどうなのか・・・。などと考えました。



以上です。
前回の私の回答を、質問集を作成した【著::善ポコのタコ部屋】さんがご覧になったことが確認できましたので、慌ててこの補記をUPしてみました(汗
「設問の意図が不明」とは、私の方こそ不親切で申し訳なかったと思います。
設問者の方の立場に立てば、回答者から「設問の意図が不明」と言われた場合、その意図を説明しなければならない・・・のようにお考えになるものでしょう。が、その際には、「意図が不明」と私が書いた裏に上記のような理由があったのだ、という事情まで斟酌くださった方が、双方にとって実りある方向へ進めるものと考えた次第です・・・。

posted by 水無月 at 02:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 中国・朝鮮・在日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月19日

【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】

【著::善ポコのタコ部屋】さんの【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】に答えてみたいと思います。

もとは私が在籍しているmixiの足跡から知ったのですが、「とある質問に対して自身の考えを述べるという形式は、自身の考えを今一度整理すると共に、拉致問題に関心が有る・無しに関わらず、読者に『考えるきっかけ』を与え、より強い関心を呼び起こし、問題解決への考察をより深める事が出来るのではないかと考えています」という趣旨に賛同したのが直接の動機です。

また私は逆に、やや皮肉な言い方になってしまいますが、こうした質問集への回答をご覧になることによって、拉致問題に積極的にかかわっておられる大勢の善意の皆さんが、彼ら自身の立ち位置が日本世論全体の中でどのあたりに位置するのか・・・ということを、できるだけ客観的に認識する、その一助になれば幸いだとも感じました。
どんな運動であれ、それが世論を相手にする政治的運動である限り、自己の正確&客観的な認識なしに世論の同意を得ることはできない・・・だろうと思うからです。従って私は当然、質問集におもねることはなく、無名の国民の一人として、自分自身の正直な意見を記そうと思います。
そうすることが結局は、拉致問題の解決のために、とりあえず今、私ができる、ほとんど唯一の事柄だろうと思うのです。


       ◇       ◇       ◇


【拉致問題解決に対する立ち位置・主張を伝える為の 10 個の質問】


◇1.拉致被害者家族会が北朝鮮への経済制裁を訴える事に違和感を持つ。(#ご家族に対して、どれだけその心情を汲み取り、感情移入しているか?)

 (1)とても違和感を持つ。
 (2)違和感を持たないことも無いが、心情は理解出来る。
 (3)この様な主張を行うのはある意味当たり前である。
 (4)拉致を解決できず、経済制裁が出来ないのは、私たちの力が足りないからである。申し訳ないと思う。
 (5)その他。

◆(1)と(2)の間です。
非常に違和感がありますが、ご家族の方々の苦しみ、また今もなお帰国できないでいる拉致被害者の方々の存在を思えば、この方達が多少常軌を逸したとしても、その心情は同じ日本人として理解しなければならない・・・と感じます。
つまり、家族会が変だ! というように、安易に声高に批判することは避けたいと思っています。けれども「家族会の事情を最優先に日本国や日本外交は動くべきだ、そうならないのは国民の関心が薄い(冷淡な)せいだ」とでも言わんばかりの主張をTVなどで見聞きするにつけ、首をひねりたくなることもあります。


◇2.例え拉致問題が解決しなくとも、今後、同じ出来事が自分の身に降り掛かるとは思えない。(#拉致問題を、どれだけ身近なものとして捉えているか?)

 (1)現実的に考えて、自分の身に降り掛かるとはとても思えない。今日において北朝鮮による拉致が明るみになった以上、迂闊に工作活動を行う事は出来ないと考える。
 (2)何とも言えない。
 (3)自分の身に降り掛かる可能性は十分にある。拉致に関わった北朝鮮工作員が、処罰される事無く現在も日本社会において根を下ろしている現状を考えるべき。
 (4)その他。

◆(4)その他。
まず、同じこと・・・が、狭義に北朝鮮工作員による拉致、ということなのだとすれば、その可能性は限りなく低いと考えます。北朝鮮が拉致工作を現在も行っているという話は聞いたことがありませんし、たとえそうであったとしても、私の居住区は人口密度が高く、ほとんど常に衆人環視状態に置かれているようなものですから。
ただ、同じこと・・・を、北朝鮮に限定せず拉致にも限定せず、広く国家間の政治的緊張や思惑などで一般市民である私が不当に害を受ける・・・こと、というように考えるならば、その可能性はもう少し高いかもしれません。たとえばテロによる被害など。


◇3.小泉政権による対拉致問題への取り組みは、生ぬるいと考える。(#拉致問題に取り組むにあたり、急進的な思考に立脚した論考を積極的に行うスタンスにあるかどうか。)

 (1)生ぬるいと考える。拉致被害者に残された時間はそう長くは無い事を踏まえるべき。
 (2)何とも言えない。
 (3)生ぬるいとは考えられない。多少時間が掛かっても、着々と地に足の付いた取り組みを行うべき。
 (4)その他。

◆(3)です。
小泉政権や日本国が抱えている外交問題は対北朝鮮だけでも、拉致問題だけでもありませんから。そのほかの外交課題とのバランスから考えれば、現状程度の取り組みでも、政府としては精一杯なのではないかと思えます。


◇4.小泉政権による対拉致問題への取り組みが、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。(#政府の取り組みに対して、どれだけ信頼を置いているか?)

 (1)寄与していると考える。
 (2)何とも言えない。
 (3)寄与しているとは考えられない。
 (4)その他。

◆(1)です。
小泉政権以前には拉致問題自体が外交的に表面化しなかった現状を考えれば、この問題に関して小泉政権が果たした役割は大きいと言わざるを得ないでしょう。


◇5.国際社会における米国との連携が、拉致問題の解決へ大きく寄与していると考える。(#他国との連携のあり方をどう考えるか?)

 (1)米国と連携した北朝鮮への締め付けが、今後の拉致問題の進展に大きく寄与していく。
 (2)逆効果、中韓と連携して融和政策を取るべき。
 (3)法整備も含め、日本単独で解決する道を探るべき。
 (4)その他。

◆(1)です。
大きく寄与するかどうかは疑問ですが、現実として、そのほかに取れる方法があるでしょうか?
これまでの北朝鮮の態度を顧みれば、中韓と連携したとしても、経済的技術的援助のみさせられ、得るものはなにもないように思います。
また日本単独で動く・・・といっても、日本単独でなにができるのか疑問です。


◇6.北朝鮮問題は日本の安全保障としての核の問題が第一優先事項。ここで対応を間違うと数千万人の単位で被害が出るから。数十人、最大でも数百人の拉致被害は優先順位では二番目だ。(#現実主義的思考の度合いは?)

 (1)冷酷だがその通り。もちろん拉致被害者には同情するし解決して欲しいと思うけど…。
 (2)何とも言えない。
 (3)反対。核の脅しに屈して妥協することは北朝鮮の狙いにはまることでしかない。国家の尊厳を失うことは国家としての自殺なのだ。
 (4)その他。

◆(4)です。
日本国民に数千万人もの被害が出るのなら考える余地はなさそうですが、私は北朝鮮からの核攻撃より、金政権の急激な崩壊と、それによる大量の難民発生、そしてその際に国際社会からの圧力によって北朝鮮を援助せざるを得ない状態に陥ることの方が実現の可能性が高いと考えています。
北朝鮮の現体制が急激に崩壊してしまった場合(その際には拉致被害者の救出も今よりは容易になるでしょうが)、日本が受ける被害は、近隣国であるだけに、目を覆いたくなるようなものになるはずです(韓国も当然日本に経済的援助を求めるでしょう)。

金政権はいずれにせよ崩壊を免れないと思います。しかしできるだけ緩やかに、その衝撃を中韓露などと連携しながら吸収しつつ、穏便な形で崩れてゆくのが望ましいのです。
被害者家族が高齢であるから・・・などという理由で、急激な体制崩壊を望む人々の考えには、私はまったく同意できません。もし経済制裁を行うのであれば、周辺国家との連携や賛同を得たうえで行うべきです。


◇7.拉致被害認定者である残り 11 人の帰還を以って、「拉致問題の解決」と考える。(#何を以って「拉致問題の解決」とするのか?)

 (1)拉致認定被害者が帰ってさえくるのであれば、「解決」と考えても良い。
 (2)拉致被害者の数は 11 人とは限らないかもしれないが、結果として妥当であると考えても良い。
 (3)拉致の可能性が濃厚な特定失踪者を含めた残り 100 人以上の人々はどうなるのか。とても「解決」と考える事は出来ない。
 (4)その他。

◆(1)及び(3)です。
(1)と(3)は両立できるでしょうし、両立させるべきです。
国家間の外交問題としては(1)でしょうが、その後民間ルート、それこそ家族会のような形の援助団体が継続的に問題解決を計るのが妥当と考えます。
ただし、民間団体が調査・救出活動を北朝鮮国内で継続できるように環境を整えるのは政府の役割でしょう。つまり、象徴的な11人の帰国と、その後の調査の確約までを引き出せれば、国家間の拉致問題としては決着させるのが妥当だと考えます。


◇8.日本人拉致被害者のみならず、その他外国人の拉致被害者、また、北朝鮮国内における人権問題の解決も併せて目指していくべきだ。(#自国以外における北朝鮮問題をどの様に捉えているか?)

 (1)当然である。自分達だけ助かれば良いという考えは、道徳的にも国際的にも、到底受け入れられる事ではない。
 (2)もちろん、これらの問題が解決するに越した事は無いし、日本政府も取り組んでいくべきだとは思うが、優先順位は考慮されて然るべき。
 (3)まずは自国の拉致被害者を救出する事が先決である。あれこれ手を広げた結果、拉致被害者救出に支障をきたしてしまっては本末転倒である。
 (4)その他。

◆設問の意図が不明です。
本心では(3)です。なぜなら、日本は自国民さえ救出できずにいるわけで、そのような国が他国民の人権まで配慮するのは分不相応で滑稽でさえあるでしょう。
ただし現実に日本だけでは自国民を救出できないからこそ、他国と連携を取っているのですから、そうである以上(つまり他国の協力を仰いでいる以上)、他国の拉致被害者の救出にも誠心誠意努力するのは当然のことです。
北朝鮮国内の人権問題に関しては、日本が考える必要はありません。他国民の人権を守るためという口実でイラクを攻撃したような愚をアジアで許してはなりません。もしもそうなった暁には、泥をかぶり、無限に近い経済的損失と歴史的怨恨を背負うことになるのは日本なのですから。


◇9.北朝鮮の体制が崩壊しない限り、この問題は解決しないのでは?(#北朝鮮体制の現状に対する認識、体制崩壊への方法論)

 (1)そう思う。アメリカに対する強力な外交カードを握って武力制裁に踏み切らせるしかない。
 (2)そう思う。でも中国と韓国がそれを許さないだろう。どうしたらいいのか分からない。残念だけど長引きそう。
 (3)ある意味そう思う。しかし拉致問題はある程度のところでいったん手を打って国交正常化を先に行うべきである。北朝鮮に市場経済が導入され、不可逆的に日本への依存度が高まれば自ずと政治的自由を求める声が高くなり先軍独裁体制は実質的に変化する。そのとき、拉致の解明は一気に進むであろう。
 (4)そうは思わない。このまま対話と圧力だ。圧力として経済制裁が必要。
 (5)その他。

◆(3)及び(5)です。
北朝鮮の体制や今後の見通しについては質問6及び8で述べた通りです。


◇10.この運動をきっかけに日本の愛国心の高揚を図り、他の様々な問題に対しても応援に向かい団結していくべきである。(#「運動」のあり方に対する考え方、日本国においての拉致問題の位置付けをどの様に考えるか?)

 (1)その通り。拉致問題と他の国益に関する問題は直接は関係ないが間接的には関係している。問題は愛国心だ。
 (2)何とも言えない。
 (3)反対。政治的なイデオロギーを持ち込むと運動の方向性が拡散するし、敬遠する人も出てくる。むしろリベラルな人でもこの問題には賛同するし怒りを覚えるという立場が大事。
 (4)その他。

◆これもまったく意味不明・・・(苦笑
愛国心と拉致問題がなぜ、どのような必然性で繋がるのかわかりません。
愛国心に関係なく拉致問題は解決されるべきであり、そのほかの問題も同じです。たとえば、対中、対朝鮮、以外にも、対米、対露、対欧、対中近東、対オセアニア・アジア、対アフリカ、対南米・・・など、国益に直結する外交問題は山ほどありますが、それと拉致問題と愛国心とはどのような関係にあると設問者はお考えなのでしょう?
質問内容に愛国心の定義を加えるべきではないでしょうか。身内でだけ通じる文脈では、質問テンプレの広範な普及は望めないように思うのですが・・・。



         ◇         ◇         ◇


以上です。
なお当BLOG、そして私、は、どうやら「リベラル」に分類されるようです。私自身は、右も左も保守もリベラルも、とりわけ意識したことはありませんが(笑
(少なくとも、愛国心は人並み以上に持っているつもりです)

最後に・・・ですが、日本国民の拉致被害に関心を持たない人は少ないのではないかと思います。
解決が難しい問題であることは確かであり、ネット上の声が現実の政治にどう影響しうるのか・・・ということもあるでしょう。しかしだからといってただ傍観しているというのも忸怩たるものがあり・・・。
そうしたもどかしさを感じておられる方・・・。上記質問集を利用して一度ご自身の意見を整理してみてはいかがでしょう。黙っているよりは、もしかしたらなにかの役に立つ可能性も、あるかもしれません・・・。
posted by 水無月 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国・朝鮮・在日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月17日

再録・わが祖国

<お断りとお願い>
以下の内容には、人によって不快と感じるかもしれない表現が入っています。
記事の趣旨・意図は真面目なものですが、もし不快と感じられたなら、その時点でお戻りくださるよう、お願いします(特に女性はお気をつけください)。
また、15歳以下の方の閲覧はご遠慮ください。


       ◇       ◇       ◇


日本は米国に犯されたのだ・・・。それも二度も。
江戸時代末期・・・の開国と、二発の原爆によって。

そういう歴史認識・・・には
いともすんなり同意する人と、そうでない人と・・・
二種類いると思う。
それは感覚的なものだと思うから、議論しても虚しい。
犯された・・・と実感する人にとっては
それは事実としてそう思えるし
そう思えない人には、そう思えない・・・。
どちらが正しい・・・というものでもあるまい。

日本は中韓北朝鮮を犯したのだ・・・と言うことも
できよう。
これにも二種類の見方があるのは言うまでもない。

米中(+朝鮮半島)と日本との関係を考える・・・時
一度犯されたものはその傷をどう克服できるのか
・・・克服しうるのか・・・
という命題が、常にその背後から透けて見えてしまう
・・・これは私の場合。

レイプされたものは二種類の反応を示すことができる。
加害者を追及し、法廷などでその罪を認めさせ償わせる
・・・逆襲の道。
そうすることによって自己の尊厳の回復を目指すのだろう。
中韓の従軍慰安婦裁判や、化学兵器の被害者・・・が
何度も何度も提訴してくる・・・ことや
日本の反核運動・・・も
この心理に通じている・・・ように見える。私の眼には。

もうひとつの道は、レイプされた事実を葬り去って
しまうことだ。
それは最も端的には、加害者へのおもねりという形で
表れる。長いものには巻かれておく・・・。
そうすれば、もう殴られることはなく、それどころか
たまには甘いお菓子さえ、もらえるかもしれない。
ぎぶみーちょこれーと・・・。

日本と米国との関係はまさにそれだ・・・。

沖縄をはじめとする各地に点在する在日米軍基地は
瑞穂の国に今も残る毒々しいまでに紅いキスマークだ。
日本は今も犯され続けている・・・。
その事実を直視せず、あたかも両国が対等の関係に
ある・・・かのような現状認識から出発する議論は
すべて虚しい。

米国は日本を下に組み伏せながら言う。
――お前はマグロか?
 もうちょっとオレを喜ばせてみろよ!
 マネーの愛液が足りやしねぇ
 イラクへ行ってフェラの仕方でも覚えてこい!

理想と現実・・・。そう言いかえることもできる。
現実主義者は醜いか・・・。
殴られて犯された女が加害者へ媚びへつらうことは
醜いか・・・。

そうだね・・・。醜い。
見るに耐えない・・・という意味でみにくい。
だから理想主義者は苛立って罵倒するのだろう。
お前は汚い! 醜く肥えた脂肪の塊に過ぎん! と。
彼等は加害者に媚びへつらうことなく法廷で闘うことを
目指す・・・。

それは正しい。正しいから理想なのだ・・・。
しかし法廷へ行くためにはまず、犯し犯されている
ふたつの肉塊を引き剥がすところから始めねばなるまい。
それは並大抵のことではない・・・。
最低でも在日米軍を撤退させる必要がある。
・・・自衛隊と憲法。

日本が米国に犯された・・・のであれば
日本は中韓北朝鮮を犯したと言えるだろう。先の大戦。
(ただし日本は今現在、それらの国々を犯しては
 いない。それほどの力もない。これは事実・・・)

中韓北朝鮮の犯された痛みにシンクロする人々は
日本の犯された痛みをそこに投影しているのでは
ないかと思うことがある。
自己の痛みを投影し、痛い痛いと嘆き・・・だが結局は
嘆くことに終始して終わってしまうのであれば
その嘆きは、今も犯されつつある日本が上げる
喘ぎ声と変わらない・・・ように見える。
・・・なんだか気持ち良さそうだ。
犯される痛みの快楽に溺れているのではあるまいね?


祖国を犯された女に喩えるような表現は
たぶん今後ますますできなくなるだろう・・・。
(だから今のうちに書いておく)
真実と直感することを書ける場所は日々狭められている。
人権万歳!

そうしてわが祖国は今日も犯されている。



       ◇       ◇       ◇

< 補記 >
上記は2005年09月19日に日記として一度UPしたもの。最近過去日記を見直しており、今、たまたま目に入ったので取り上げてみました。
実はもうひとつ偶然があります。つい先日、私はkanteさんの【「砂の馬」のつぶやき 時事政経】・・・「ブラックレイン」でちょっとしたコメントの遣り取りをしていただいたわけですが、その内容が、まさに上記「わが祖国」を最初にUPした時にいただいた同氏のコメントとダブるものだった・・・のです。・・・既視感(笑)。

日本は三度犯された・・・というのがkanteさんの持論ではないかと思います。
が、私の感覚では、三度目の米国民主党政権による日本叩き、その結果としてのバブル崩壊と長期経済低迷は、一度目、二度目に比べたら、少しインパクトが小さい・・・のではないかと。それは私が経済分野に暗いせいかもしれません。
ただ、一度目、二度目には多くの日本人の命が失われましたからね。一度目の開国では米国が直接日本を武力で攻撃したわけではないですが、これをきっかけに日本は戊辰戦争という一種の内戦状態に陥ったわけで、人命の犠牲が出たことは間違いないと思うのです(それでいったら経済低迷で日本国内には失業者が溢れ、自殺してしまった人もいるでしょう・・・から、同じだと言われるかもしれませんが)。

posted by 水無月 at 05:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月12日

東武鉄道へ抗議する感情豊かな人々

概要は↓へまとめておきましたが、感情に流されやすい日本人の心性を、良くも悪くも如実にあらわす出来事だなぁ・・・と思いました。

解雇という処分は確かに厳しすぎるように思いますが、この程度の「社会の不公平」は、言ってみればどこにでもあるもの。同じ「社会の不公平」で、より酷い辛酸を舐めている人はほかにも大勢いそうです・・・から、報道の力は偉大だ、ということかもしれません。


第一報に触れた時には、三歳の子供が実際に計器を操作して事故を起こす可能性があったかどうか・・・より、息子の泣き声を放置できず規律違反を犯した運転士の職業意識と、そうなるまで放置していた運転士家族側のモラルの低さ・・・の方が、私には気になりました。

はっきり言えば、乗車中に「父親」の顔を見せてしまう運転士の運転する電車には乗りたくない・・・ということ。
反射的にJR宝塚線の事故を思い起こしてしまいました。こういう運転士は、もし運転室内の子供が泣きすぎて「引き付け」でも起こしたら、動転して運転操作を誤ってしまいそう・・・と思えます。

そうした、私のように悪い方向へ考える乗客がいるだろうことを考慮して、鉄道会社はあえて厳しい判断をしたのでしょう。それは一種の経営判断でしょうね。実際、これを目撃した乗客の中から鉄道会社へ通報した人がいたわけですから、厳しい処分を下さねばならなかった・・・事情もわかります。


三歳の坊やが将来受けるだろう傷・・・を心配する声が多数あるようです。
きっと、思いやり深く心優しい人々なのでしょう。

こうした感情豊かな人々と、いったん悲惨な事故が起きてしまった際、ひときわ強く怒りの声を上げる人々・・・とが、なんだか重なっているような気がするのは、私の見方がひねくれているということなのでしょう・・・ね。
そういえば、ファミリーレストランや映画館などで騒ぐ子供を例に出し、近頃の親の躾はどうなっているのだ、と苦言を呈していた人々・・・は、今回どこへ消えてしまったのでしょう? それも不思議です。


       ◇       ◇       ◇


資料@【運転室に3歳の長男 東武野田線の運転士を解雇へ】朝日
http://www.asahi.com/national/update/1110/TKY200511090444.html


 埼玉県内の東武野田線の普通電車で今月1日、運転室に、30歳代の運転士の長男(3)が入り込んだのに、そのまま運転を続けていたことがわかった。東武鉄道は重大な規則違反だとして、運転士を懲戒解雇する方針だ。

 東武鉄道によると、1日午前の大宮発柏行き普通電車(6両編成)。先頭車両に運転士の妻が長男ら子供2人を連れて乗っていた。埼玉県春日部市内の南桜井駅に停車した際、運転士が客室側の扉を開けたところ、長男が入りこんだが、そのまま出発。隣駅の川間駅で、再び扉を開けて、長男を妻に戻したという。

 当時、先頭車両には約20人の乗客がいた。そのうちの1人が同社に知らせた。社内調査に、運転士は「長男が扉をたたいていたので、注意しようと扉を開けた。追い出そうとしたが、泣いてしゃがみ込んでしまった」と説明。運転装置には触らせていないという。

 東武鉄道の内規は、運転中に第三者を運転室に入れることを禁じており、運転士は自宅待機を命じられている。9日、事実関係を関東運輸局に報告した。同社は「重大な規則違反。厳しく対処する。今後は社員教育を徹底する」と話している。



資料A【「運転室に子供」懲戒解雇方針 東武鉄道に抗議1500件】産経
http://news.goo.ne.jp/news/sankei/shakai/20051112/m20051112021.html


 東武鉄道の三十代の運転士が三歳の長男を約四分間、運転室に乗せて乗務し、同社が運転士を懲戒解雇する方針を決めたことに対し、十一日夕までに「処分は厳しすぎる」などの抗議が同社に千五百件近く殺到している。同社は「一つの案件でこんなに問い合わせがきたのは例がない」と当惑気味だ。

 東武鉄道は「同情論も多いが、安全運行が使命の鉄道会社で、第三者を運転室に入れることは危険を誘発しかねない規則違反」として懲戒解雇の方針を崩していない。運転士は現在、自宅謹慎中だという。

 同社への抗議は、十日午前中から電話や電子メールで寄せられ始め、同日夕までに四百八十四件。十一日夕には約九百八十件に達し、わずか二日間で累計千四百六十八件に上った。

 内容は「それなりの処分は理解できるが、解雇は厳しい」「成長した子供が自分のせいで親が失職したと知ればショックを受ける」などが大半。ただ、福知山線の事故など安全運行への意識も高いだけに「解雇は仕方ない」との賛成論も百件程度寄せられている。

 運転士の説明では、今月一日、勤務後に一緒に買い物に出かけようとして、妻と長男、長女の三人が春日部駅から先頭車両に乗車。長男がドアをたたいたため、列車の待ち合わせの際にドアを開けてしかったところ、泣き出して運転室に座り込んだ。列車を遅延させないためにそのまま発車し、次の駅で運転室から出したが、「運転装置などは触っていない」という。
posted by 水無月 at 22:49| Comment(6) | TrackBack(1) | 日記(時事) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月09日

皇位継承・・・その今後

皇位継承問題に関しては二回(一回は資料編なので実質一回)にわたって書きました。
そこで書き漏らしたこと・・・というか、最新動向(というほどでもないですが)を横目に見ながらの、今時点での私の感想を、最後にまとめておこうと思いました。

 意見編 → 【皇位継承・・・「双系VS男系」論の底
 資料編 → 【皇位継承・・・三笠宮殿下のコラム発言要旨
 Y染色体→ 【皇位継承・・・Y染色体の世代間連続性について】 (2005/12/4補記)

「皇室典範に関する有識者会議」(座長=吉川弘之・元東大学長)は七日、第十五回会合を開き、意見集約をしたそうです。
意見編とダブりますが、ここまでの流れを整理すると、憲法の理念、特に男女平等の理念に基づき女性及び女系天皇を容認する有識者会議に対し、三笠宮殿下など皇族方や民間団体「皇室典範問題研究会」(代表=小堀桂一郎東大名誉教授)に代表されるような男系維持派が必死にブレーキを掛けようとしている・・・のが現状と言えるでしょう。
男系維持派は、旧宮家復興などによる傍系継承の道を提唱していますが、有識者会議の結論が変わることはなさそうです。有識者会議での論点は、すでに、女性および女系天皇を認めたうえで、長子優先か男子優先か・・・を決めるところへ移っています。
政府内には、麻生氏(=三笠宮家と縁戚関係にある)や安倍氏など、女系天皇に慎重な意見もあるものの、報道を見る限り、首相の小泉氏は女系天皇容認の姿勢のようですね。

ここまでは現状のまとめです。そして以下が私見。

傍系継承を認めない・・・という方針が変わらないのであれば、皇位は直系へ継承されてゆくことになります。ここで問題となるのが女帝(即位前であれば内親王=皇太子)の配偶者選びです。現皇太子殿下を思い浮かべれば、その配偶者選びがいかに大変か、は誰でも容易に想像できるでしょう。

私は、第一皇位継承権を持つ内親王殿下・・・には、天皇家男系の婿が入ると思います
それが本当に実現するかどうかはわかりませんが、少なくとも、三笠宮殿下のように強力な男系維持論者がいるわけですから、皇族方・・・すなわち親戚縁者からの、男系男子を婿に選べ、というプレッシャーは相当なものになるでしょう。女性天皇(内親王)がどういう夫を選ぶか、までは憲法も皇室典範も関与できませんから、「彼女」が天皇家男系男子を「ご自分の意思で」夫に選ぶ分にはなんの問題もないわけです。また伝統格式など素養の点から見ても、天皇家にゆかりのない一般男子では、そこへ婿入りするのは大変難しいように思えます。

今上天皇ご一家のご意向は外へ漏れてきていませんが、こうした皇族方からのプレッシャー・・・つまり伝統の力と、それを打ち破ろうとする新しい勢力との争いが、これから将来にわたって天皇家内部の中で繰り広げられることになるのではないでしょうか。
その戦いの様子は、有識者会議や国会論議とは違い、国民に向けて公開されることはありません。見えない戦いの決着は、第一皇位継承権を持つ内親王の夫が内定した・・・という報道によってはじめて、我々一般市民の前に明かされることとなるでしょう。

現在有識者会議が検討しているのは、長子優先か、男子優先か・・・の問題です。
有識者会議の結論は長子優先に傾きつつあるようですが、もし長子優先なら、天皇家直系の第一子が女性である代ごとに、同じ戦いが繰り返されることとなるのかもしれません。

家の都合で配偶者が決められるというのは一般市民の感覚からすれば相当にむごいことのように思われますが、もともと選挙権も職業選択の自由もない皇室の方々には、人権など無縁のものです。
そしてまた見方を変えれば、こうした事態とは実は、皇位という家督を誰に譲るか・・・という天皇家の問題が、皇族方を含めた広い意味での天皇家内部に帰ってゆく・・・ことをも意味します。
男系維持が天皇家一族の意思であるならば、法律がどうあろうと、国民がなにを思おうと、天皇家男系男子が次代の天皇の父に選ばれるでしょう。その選択に口を挟むことは誰にもできません。

つまり・・・試されるのは天皇家である・・・とも言えそうです。
これまでのように法律で男系相続と定められていれば、自動的に男系は維持できますが、今後は彼ら自身が努力しなければ維持できなくなる・・・ということでしょう。
時代が課したこの困難に打ち勝てず、女性天皇の配偶者に男系男子を添わせることができなかった時・・・には、彼らの万世一系は崩れ去り、アマテラスがその子孫に与えた葦原の瑞穂の中つ国も、彼らの前から消え去る・・・ことになるのかもしれませんね。
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2005年11月05日

皇位継承・・・「双系VS男系」論の底

皇室典範に関する有識者会議】が開かれるようになってから、ずっとこれに関心を持っています。
将来的にはこの会議の結論を踏まえて(国会の論議を経たのち)皇室典範が改正され、実際に天皇位の継承も行われてゆくことになるはずだからですが、最新の「第14回議事要旨」によれば、女性天皇は当然のこと、女系天皇も容認する結論が出たようですね。

なお、蛇足ながら説明しておくと「女性天皇」とはその性別が女性の天皇であり、「女系」「男系」とは父母どちらから天皇家の血筋を引いているか、の別です。「男系天皇」は父(または父の父・・・と父系のみを遡った結果)が天皇であるところの天皇であり、対して「女系天皇」とは鏡のように対称させて考えるならば母(または母の母・・・と母系のみを遡った結果)が天皇であるところの、天皇となるはずです。が、実際は過去天皇家の歴史上、女性天皇が母方からのみ天皇家の血を引く我が子に皇位を譲った例はないことから、そうした意味での女系天皇は考える必要がありません。
現代日本で話題になっている女系天皇・・・とは、非・男系天皇という意味です。したがって昨今の女系天皇容認論とは双系主義のことであり、双系主義 VS 男系主義・・・の形で、問題提起されている、ということです。



  【 双系主義とは? 】

前掲【皇室典範に関する有識者会議】の「第14回議事要旨」からまとめてみます。

<憲法について>
@憲法象徴制世襲制しか規定していない。

A「世襲だから当然に男系男子」は、理論的には難しい。

B国民が世襲制の天皇についてどう考えるかというと、男系に固執するよりも、親から子へと直系で受け継がれることではないか。

C象徴に性別はないと考えるのが健全

<天皇と憲法の位置関係について>
D女性や女系天皇に違和感を持つ国民もいるだろうが、現行憲法制定時に、象徴と世襲に絞ったことは大きな歴史の変化であり、それはそれで国民は受け入れている

E皇室典範に男系男子と規定する必要はなかったが、伝統に配慮して男系男子とした。それが、今は維持できなくなっているので、憲法に戻って考えるのが妥当。

<女系天皇の正統性について>
F世襲で皇位が継承され、国民の積極的な支持が得られる限り、正統性に疑義が生じる余地はない。

<女系天皇以外の方法について>
G皇室典範を改正しなければ、複数配偶制の否定や少子化の状況の中で、確率的には男系男子の数は極めて少なくなる。(複数配偶制=側室制度の復活は当然認められないという前提)

H旧皇族が復帰してもGの状況は変わらないため不安定なものになる。

I皇籍復帰して皇位を継承することは、国民の理解も得られないだろう。

<今後の手続き>
J今後は国民に受け入れられるよう表現などで工夫しつつ(=表現は変えても論旨は変わらない)、報告書を作成し、国会の議論を俟つ。


これを見ると、双系主義というのは、まず憲法からの解釈で要請され、次に国民の意識に合うかどうかを吟味された結果、出てきたもののようです。
天皇家の伝統は、時代によって変えてもよいもの・・・として振り返る程度の位置づけです。



  【 男系主義とは? 】

別記事【皇位継承・・・三笠宮殿下のコラム発言要旨】で資料を挙げておきましたが、この中の「寛仁さまのコラム要旨」はかなりまとまっていると思います。

要するに、125代続いた伝統をそんなに簡単に変更してよいのか、ということでしょう。
ここで提起されているのは、天皇の天皇性とはなにか、という問題です。
上記の【双系主義】との対比で考えれば、有識者会議が「F世襲で皇位が継承され、国民の積極的な支持が得られる限り、正統性に疑義が生じる余地はない」とするところを、「男系でなければ国民の積極的な支持は得られないだろう」、というわけです。

国民の積極的な支持が得られるかどうか・・・。これは考えてみるとなかなか難しい問題ですね。有識者会議では「世論調査で何割だからどう、という発想をとるべきでないという考え方」だそうです。私などは、世論調査もせずにどうやって国民の総体的な天皇観を知ることができるのか・・・という疑問も抱くわけですが、一方で、世論調査ほどあてにならないものはない、ということも理解できます。

現実的に考えれば、ここで問題になっている「支持」とは、将来仮に女系天皇が誕生したとした場合、それを「天皇と認めない」国民が何割程度いるか・・・ということでしょうね。仮定の話になってしまって恐縮ですが、女系天皇が即位したのちに、天皇家男系の血を引く御方が、そうした人々から担ぎ出され「朕こそは真の天皇なり」と宣言する・・・というようなことも、考えなければなりません。その際に、「朕こそは」の男系自称天皇を支持する国民が何割程度いるか・・・。そこをシビアに見極める必要があるでしょう。
宮内庁に世話をされ、天皇として国事行為も行っている女系天皇と、血筋のみの正統性を有する男系天皇・・・。

私の手元にはなんの資料もありませんから判断することはできません。
・・・が、将来、国家の擁する女系天皇 VS 男系自称天皇、という極度に先鋭化した形で「国民世論が問われる」事態を招く前に、綿密な国民意識調査がなされることを希望します。それが日本のためでしょう・・・。

なお私個人・・・に関して言えば、女系天皇が誕生した時点で、天皇制へ寄せる仄かなロマンは潰えるだろうと思います。私の中の天皇制は126代(現皇太子殿下)を持って終焉を迎えるでしょう。文献上の神武天皇・・・そしてさらに神話上のイザナミ尊(のY染色体)へ辿り着くことのない天皇には、古代へと通じる血のロマンを感じることができません。
ただし私は、現状においても天皇に「陛下」をつけることにさえ抵抗を感じるような心的距離感を持つ者ですから、私のような人間からの憧憬を失っても、天皇制からすれば痛くもかゆくもないでしょうね。しかしまた逆に言えば、そうした心的距離感を持つ者でさえ尊重する天皇の天皇性=男系の血筋を、このような形で失うことは日本にとって大きな損失とも言えるような気がします。

※補記(2005/11/22) Y染色体については【皇位継承・・・Y染色体の世代間連続性について】にまとめました。



  【 男女平等思想と天皇制 】

ここで私個人の立場を説明しておきますが、双系か男系かで二分するなら、私は男系維持派です。
125代続いた奇跡の伝統を自分の生きている時代に絶やすのは惜しい・・・という理由からです。おそらく・・・ですが、もしかしたら、これまでの皇室の歴史の中では当然(!?)、奥方の浮気などもあったかもしれません。それでも系図上、それは隠蔽され、表向きではあくまで神武天皇にまで遡ることができる・・・。それはやはり素晴らしい(かどうかは別にして、世界でも稀な)伝統には違いなく、努力して後世に伝えるべき日本の文化だと思います。

ただし私は、「日本の天皇の聖性はローマ法王並である」とか「天皇家は世界に誇れる家系である」とか「天皇は日本人の心の拠り所である」というような意見には、強い違和感を感じます。
私は自分が日本人であるという自意識を強く抱いていますが、「天皇を戴く国だから」という理由で日本を特別視しているわけではありません。自分が生まれ育った母国だから、私は日本にこだわるのです。その日本に天皇家という伝統があったことは幸運な偶然にすぎません。その偶然に感謝をし、できれば次代へも残したい・・・という意識です。


そういう立場から、私は有識者会議の結論を残念に思いました。
有識者会議のメンバーを見ると、岩男壽美子氏がいますね・・・。この方は国連特別総会「女性2000年会議」で首席代表を務めるなど、日本を代表する男女共同参画運動の推進者です。皇位継承のあり方を考える場に、男女平等思想からの干渉が入ったとすれば、実に残念なことだと思います。

伝統や文化(古い因習)と新しい価値観(男女平等など)とのせめぎあいは、現代では至るところで起きています。数年前にも女性知事の土俵入りが話題になりました。「なぜ女性は土俵へ上がれないの?」という疑問への回答が「伝統だから」としか言えないように、究極的には、「なぜ女系天皇がいけないの?」という疑問にも「それが伝統だから」としか、答え得ないように思います。
ただし、天皇家の皇位継承問題は、125代・・・少なく見積もっても1500年程度・・・は続いているという実績から、大相撲の土俵とは比較にならない堅固さや重みを持っている・・・というのが、普通の日本人の感覚ではないかと思います。



  【 国体と天皇制 】

ところで先も触れた【皇位継承・・・三笠宮殿下のコラム発言要旨】ですが、ここには重大なことが述べられています。
(そうでなければわざわざ私が手打ちしたりしません 笑)
引用してみましょう。


 陛下や皇太子さまは、御自分たちの家系の事ですから御自身で、発言される事はおできになりませんから、民主主義の世であるならば、国民一人一人が、わが国を形成する、「民草」の一員として、二六六五年の歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴(いただ)かなければ、日本国という、「国体」の変更に向かう事になりますし、いつの日か、「天皇」はいらないという議論に迄発展するでしょう。


私は男系維持派ですから、その方法論としての旧宮家の再興にも、天皇家の養子にも賛成する立場です。もっと言えば、側室制度の復興にも反対はしません。事実上、側室制度の廃止が天皇家直系男子の数を減らした最大の原因と言えるのですから、天皇直系に限り側室制度を復活させてもかまわないと思っています。
そういう意識で、この「三笠宮殿下のコラム発言要旨」を拝見していたわけですが、最後のこの段で、ガックリ・・・というか、急速に心が冷えるのを意識せずにはおられませんでした。

日本国の国体・・・とはまた、ずいぶん古式ゆかしき死語が出てきたことです。
新聞記事によれば戦後生まれ、59歳でいらっしゃるという三笠宮殿下は本気でこのように思っておられるのでしょうか? プライベートな場で身内に語ったおつもりなら、それが本音である可能性も決して低くなさそうです。とすれば、無垢な皇族にそのような真っ赤な嘘を教えた人間の罪は、それが誰なのかは知りませんが、果てしなく重いと言わざるをえません。
三笠宮殿下のコラムの中にはわざわざ「八木秀次」氏の名前が挙げられています。この八木氏の男系維持説には、私も賛同する立場ですが、その一方で、【「新しい歴史教科書をつくる会」会長】という肩書きに一抹の不安も抱いていました。もしや皇族方は、学問としてではなく、まさに現代政治そのものとしての歴史にかかわっているのではないか・・・と。その予感が、まさかこんな形で的中してしまうとは・・・!

残念ながら、先の敗戦により、日本の国体はすでに変更されているのですよ、殿下

日本国は天皇主権から国民主権の国家へと、国体を変更したのです。
これが史実です。(国体についてはこちらをどうぞ)

万世一系は天皇家内部の歴史であり、日本という国家にとってはあくまでも文化・伝統の範疇の問題にしかすぎません。天皇は象徴であって国体ではないのです。
この大前提の下、私は、文化・伝統として天皇家や象徴天皇制を理解し、その上で、男系維持に賛成しています。文化・伝統だからこそ、それを尊重したいと思うのです。

けれども皇族方が「日本の国体は天皇である」と考えておられるとするならば、私は天皇制そのものを許容できなくなるでしょう。国体としての天皇は、それが男系であれ女系であれ、日本には微塵も必要ありません
皇位継承問題に関心を持つ人は、その原点を忘れてはならないと思います。



  【 文化・伝統としての象徴天皇 】

私が、皇位継承問題に関心を持った中での一番の収穫は、天皇を国体として捉えている日本人が現代にもいる・・・事実を知った、ということかもしれませんね。
現代日本の闇は深い・・・。

最初に有識者会議の「女系容認」の動向を耳にした時、私は「125代分の伝統をどう考えているのか」と憤慨したくなったものですが、天皇を国体として考える人々が今も現に存在することを知ってからは、憲法国民に立ち戻ろうとする有識者会議の考え方にも理があることを実感しました。

もっとも、国民のひとりとして、私は男系維持を希望しているわけですから、有識者会議にはやはり国民の意見を重視して欲しいものだと思います。その結果、125代続いた天皇家の歴史を新しい価値観で塗り替えてもよい・・・と思う国民が多数を占めるならば、私はその意見に従おうと思います。
ニッポニア・ニッポンであったところの美しい白鳥(しらとり)・・・トキも絶滅しました。男系天皇もまた、同じ運命を辿るのかもしれません。

ただし政治動向から考えてみると、有識者会議の報告書は国会にて審議されるわけですから、「有識者」よりは世論動向に敏感な、しかも「神の国」発言をした森元首相率いる派閥が最大であるところの自民党が単独過半数を占める議員達の審議によって、実際の皇室典範改正までには方針が変わる可能性も残っています。
この時に、天皇は国体なりのような妄言が出ないことを祈るばかりです。

そしてさらに、天皇家の皇位継承問題を文化・伝統を重んじる立場から、もう一度考えてみると、これは結局、「彼ら」の問題なのだ・・・と、私は思うようになりました。
皇位という家督がある・・・それを誰に継がせるべきか・・・という問題は、本来は、その家に属する人々が決めるべきことなのではないでしょうか。そこへ国家が、象徴だ国体だ・・・と口を挟むから、おかしくなるような気がします。
自由に相談し、決めてくれればよい・・・。浮気の結果の庶系だろうが養子縁組した跡取りであろうが、彼らが親族会議を開いて納得した御方を、国家も国民も、天皇として受け入れたらよいと思います。
そしてその方法なら、女系天皇は決して誕生しないでしょう。

実際には憲法や皇室典範の規定などがあるのは承知しています・・・。が、ということは、逆に象徴天皇制を放棄してしまえば、男系天皇は維持できる・・・のでしょうね。


※補記(2005/11/22) Y染色体については【皇位継承・・・Y染色体の世代間連続性について】にまとめました。
posted by 水無月 at 04:24| Comment(5) | TrackBack(3) |   ◇皇位継承問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月04日

皇位継承・・・三笠宮殿下のコラム発言要旨

資料

○【女系天皇容認論を懸念
  三笠宮寛仁さま 会報のコラムに私見】(中日新聞=東京新聞系)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20051104/mng_____sya_____011.shtml


女系天皇容認論を懸念
三笠宮寛仁さま 会報のコラムに私見

 三笠宮寛仁さま(59)が従来の男系の皇位継承を支持し、女系天皇容認論に疑問をはさむ文章を、自身が会長を務める福祉団体の会報に掲載されていたことが分かった。

 皇室典範に関する有識者会議は、女性・女系天皇を容認した最終報告を月内にもまとめる予定。天皇や皇族は憲法上、国政に関与できないとされるだけに、有識者会議では皇族から意見を聞いておらず、文章は今後論議を呼びそうだ。

 三笠宮さまは、福祉団体「柏朋会」が九月末に発行した「ざ・とど(寛仁さまの愛称)」と題された冊子に、「とどのおしゃべり」というコラムを執筆。文中で「プライヴェート」と断った上で皇室典範の改正に触れ、「世界に類を見ない我が国固有の歴史と伝統を平成の御世で簡単に変更しても良いのか」「神武天皇から例外なく『男系』で今上陛下まで続いて来ているという厳然たる事実」などと記し、男系男子継承の維持を唱えた。

 さらに一九四七(昭和二十二)年に皇籍を離脱した旧皇族の復帰、女性皇族に旧皇族から養子をもらうこと、宮家が途絶えた秩父宮や高松宮の祭祀(さいし)をつぎ宮家を再興すること、などの意見も表明している。

 その上で、典範改正問題について「日本国という『国体』の変更に向かう事になりますし、いつの日か天皇はいらないという議論に発展するでしょう」と述べ、天皇制存続が危ぶまれる事態につながる懸念を表した。



上記記事中の「私見」がWEB上で見当たらなかったため、手元の【中日新聞11月4日付朝刊】より以下にUPしておきます。引用転載した内容は打ち間違いを除き一切手を加えていませんので予め・・・。(これに関する管理人の感想は後日まとめたいと思います →【皇位継承・・・「双系VS男系」論の底】)
ここから(タイトルも)。


【寛仁さまのコラム要旨】

 世間では、「女帝問題」がかまびすしいので私の意見を、『ともさんのひとり言』として聞いて頂きます。本来は首相傘下の審議会に諮られていますので政治問題であり口出しできないのですが、本会報は市販されておらず“身内”の小冊子と理解し“プライヴェート”に語るという体裁を取ります。
 論点は二つです。一つは二六六五年間の世界に類を見ないわが国固有の歴史と伝統を平成の御世でいとも簡単に変更して良いのかどうかです。
 万世一系、一二五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外も無く、「男系」で今上陛下迄続いて来ているという厳然たる事実です。生物学的に言うと、高崎経済大学の八木秀次助教授の論文を借りれば、神武天皇のY1染色体が継続して現在の皇室全員につながっているという事でもあります。
 歴史上八名十方(御二人が二度践祚=せんそ=されている)の、「女帝」がおられましたが、全員在世中、独身または寡婦(未亡人)でいらして、配偶者を求められておられませんので、「男系」が守られ、「女系」には至っていない訳です。
 二つ目は、現在のままでは、確かに“男子”が居なくなりますが、皇室典範改正をして、かつて歴史上現実にあった幾つかの方法論をまず取り上げてみる事だと思います。順不同ですが、
 @臣籍降下された元皇族の皇籍復帰。
 A現在の女性皇族(内親王)に養子を元皇族(男系)から取る事ができる様に定め、その方に皇位継承権を与える。(差し当たり内廷皇族と直営のみに留める)
 B元皇族に、廃絶になった宮家(例=秩父宮・高松宮)の祭祀(さいし)を継承して戴(いただ)き再興する。(将来の常陸宮家・三笠宮家もこの範疇=はんちゅう=に入る)
 以上の様なさまざまな方法論を駆使してみる事が先決だと思います。
 Cとして、昔の様に、「側室」を置くという手もあります。私は大賛成ですが、国内外共に今の世相からは少々難しいかと思います。
 余談ですが、明治・大正両天皇共に、「御側室」との間のお子様です。「継続は力なり」と言いますが、古代より国民が、「万世一系の天子様」の存在を大切にして来てくれた歴史上の事実とその伝統があるが故に、現在でも大多数の人々は、「日本国の中心」「最も古い家系」「日本人の原型」として、一人一人が何かしら“体感”し、「天子様」を、明解な形であれ、否とに拘(かかわ)らず、敬って下さっているのだと思います。
 陛下や皇太子さまは、御自分たちの家系の事ですから御自身で、発言される事はおできになりませんから、民主主義の世であるならば、国民一人一人が、わが国を形成する、「民草」の一員として、二六六五年の歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴(いただ)かなければ、日本国という、「国体」の変更に向かう事になりますし、いつの日か、「天皇」はいらないという議論に迄発展するでしょう。
(一部漢字をかなに直しました)

ここまで。

資料としては以下も挙げておきましょう。

○【2004年10月号 Voice
  徹底討論・女帝は是か非か 皇室典範の改正に向けて】
(日本財団図書館(電子図書館) 私はこう考える【天皇制について】)
 http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/01291/contents/306.htm

↑の中で話している人たち・・・は↓の三名。

高森明勅(たかもり あきのり)
 1957年生まれ。
 国学院大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程修了。
 国学院大学講師、日本文化研究所共同研究員を経て、現在、拓殖大学客員教授、「新しい  歴史教科書をつくる会」副会長。

八木秀次(やぎ ひでつぐ)
 1962年生まれ。
 早稲田大学法学部卒業。同大学院政治学研究科博士課程中退。
 現在、高崎経済大学地域政策学部助教授、慶応義塾大学総合政策学部非常勤講師、フジテレビ番組審議委員。「新しい歴史教科書をつくる会」会長。

長谷川 三千子(はせがわ みちこ)
 1946年生まれ。
 東京大学大学院修了。
 現在、埼玉大学教授。



※補記(2005/11/22) Y染色体については【皇位継承・・・Y染色体の世代間連続性について】にまとめました。
posted by 水無月 at 15:54| Comment(2) | TrackBack(3) |   ◇皇位継承問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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